大学案内

北アルプス 標高3,000mの診療所で学ぶ、医療の原点

夏の登山シーズンに穂高岳山荘の冬季避難小屋に開設され、山岳医療の最前線を担う「夏山診療所」。岐阜大学医学部附属病院の医師や看護師、岐阜大学医学部の学生らがその運営を担っています。

岐阜大学医学部 奥穂高岳夏山診療所

奥穂高岳夏山診療所は奥穂高岳に続く標高約3000mの白出のコル(鞍部)に建つ穂高岳山荘に、1958年から毎年夏山シーズンに稼働。岐阜大学医学部系と医学部附属病院や岐阜薬科大に在籍する教員・医師・看護師、学生などが6人で班を組んで携わる。山岳救急医療、登山者支援、医学教育という三つの側面から地域と登山文化に貢献している。
2026年度は7月31日から8月17日の期間に、6班が3日間ずつ駐在予定。

奥穂高岳夏山診療所へのご寄附のお願い

登山装備や物品を安全に維持・管理するため、皆様からのご寄附を募っております。詳細は下記よりご覧ください。

機器に頼らず患者さんを診る。あらゆる医療の基本を学ぶ場。

奥穂高岳夏山診療所は、穂高岳山荘の創始者である故今田重太郎氏の冬季避難小屋を利用し、約70年続いてきた活動です。この活動を目当てに岐阜大学への進学を選んだ人もいるほどの人気です。

毎年4月頃、大班長に任命された学生が中心となり、事務職員とも連携して参加者を募集し、事前説明会や山荘との調整、食料調達の準備を進めます。高山病や低体温症などの医学的知識や登山のルールも事前に学習。医療チームとなる6人のパーティで、鎖場やハシゴの難所もある上級者向け登山ルートで現地へ赴きます。

患者さんが多いのは、登山者が山荘に到着するお昼頃以降の時間帯です。主な症状は、高山病や転倒による捻挫・骨折など、軽症には応急処置を行い、重症の場合は岐阜・長野両県警と連携しヘリコプターで搬送します。

夏山診療所に運べるのは血圧計、体温計、酸素濃度計といった最低限の機器だけで、CTやMRI 、レントゲンはありません。骨や肺の状態を把握するにも機器に頼れないため、患者さんと向き合い、見て身体に触れて総合的に診る「プライマリ・ケア」を学ぶことができます。まさに、近年の実習重視の医学教育と地域医療の趣旨に沿った活動と言えるでしょう。学生だけでなく、例えば第一線で働く脳神経外科医にとっても、限られた医療資源で細かな神経の診察を行う経験は、大いに勉強になっています。

実習に先駆けて患者さんと接し、医療者としての自覚が育つ。

学生は毎日夕食後、医師や山荘スタッフのサポートを受けながら、登山者に高山病予防啓発のミニレクチャーを実施します。酸素飽和度を測定したり、自身も高山病の症状を経験した学生はその実体験を交えたりして、「口をすぼめて、まず息を吐くことが大切」といった知識を、医学的根拠とともに伝えています。

診療の際は、学生は医師の指示に従って、患者さんの症状の聞き取りやカルテの記入、血圧・体温の測定などの予診を行います。患者さんと話すことで「安心した」と言われた経験が、「医療者として患者さんを安心させる態度が大切だ」という意識を深めるきっかけにもなっています。

山荘で登山者に向けて、高山病などのレクチャーをする学生

学生にとって夏山診療所での経験は、医師の手技を間近で見てその場ですぐに体得できること。喜んで模擬患者を買って出る医師から、「このやり方をすれば痛くない」といった指導を1対1で受けられる貴重な場でもあります。チームの医師が研修医の場合には、学生はその姿を見て自分の数年後を想像でき、研修医は強い責任感が涵養かんようされる、トップダウンの教育とは異なり、段階的に効果的な教育ができる「屋根瓦式教育」の場となっています。

1日のスケジュールからゲーム結果、日々の学びまで、多岐にわたる活動記録をまとめたノート。冊子化して参加者へ配布

下界ではできない経験も、仲間との強い絆も一生の財産。

患者さんのいない時間帯には奥穂高岳の登頂もでき、夜は満天の星や流星群も見られます。室内ではカードゲームや外科医の手技の訓練にもなる箸を使った豆つかみゲームなどを楽しむほか、人生や進路の相談といった「山トーク」にも花が咲きます。どれも山に滞在するからこその経験で、下山後にみんなで入る温泉も格別です。

こうした時間を共にした仲間とは、専門診療科や職種を超えた強い絆が築かれ、その後も一緒に山に登ることもあります。また、医師同士であれば病院で患者さんのことを相談したり、共同研究や講演会に呼び合うなど、実際の臨床の現場や教育・研究への波及効果も生まれています。

参加した学生の多くが、勉学のモチベーションが上がったと話します。また、実際に自分の目で見て、手を動かしてやってみたことは何年経っても覚えていて、ベテラン医師となっても決して忘れられない経験であり、医療者としての原点となります。他職種を目指す学生からも刺激を受け、「法医学志望だけれど、山岳地域での臨床にも興味を持った」など、進路の選択肢も広がります。学生の皆さんには、成長へのきっかけとして、この夏山診療を体験してほしいと願っています。

大学院医学系研究科長・医学部長
医学部附属地域医療医学センター長
日本登山医学会専門医
牛越 博昭 教授

医学部 医学科4 年
2025 年度大班長
勝又 みなみ さん

医学部 脳神経外科
武井 啓晃 臨床講師・助教