パンと岐大と
勝野 那嘉子 准教授
岐阜県揖斐郡池田町出身。岐阜大学農学部生物資源利用学科卒業。
食品メーカー「株式会社真誠」に入社し、ゴマを中心とした食品の研究開発に携わった後、岐阜大学に研究者として戻る。岐阜大学応用生物科学部が共催する「パンシンポジウム」の中心メンバーの一人。FOOMA JAPAN 2022(国際食品工業展)において、岐阜大学応用生物科学部・西津貴久教授、今泉鉄平助教と共同研究した「SDGs達成に貢献する新規製パン技術の開発」がAP賞(来場者評価部門)を受賞。
「GABA米」をきっかけに米粉パンの研究をスタート
皆さんは「米粉パン」を食べたことがありますか。私が専門にしているのは、食品加工や食品科学と呼ばれる領域で、その中でも特に力を入れているテーマの一つが「米粉パン」の研究です。
私は岐阜大学を卒業後、ゴマ製品を販売する「株式会社真誠」という食品メーカーに就職しました。関ケ原町にあるテーマパーク「胡麻の郷」を運営する会社としてご存知の方も多いかもしれません。その後、岐阜大学と共同研究を行いながら社会人として博士課程で学び、縁あって平成26年に岐阜大学へ着任しました。
米粉パンの研究を始めたのは、岐阜大学に研究者として戻ってから。前職の会社でゴマの中に含まれるGABAという有効成分を増やす研究をしていたこともあり、養老町でGABA米を作るメーカーから「この米で米粉パンを作りたいが困っている」と相談されたのです。課題は、米の中に含まれるGABAが、米粉パンの発酵中に酵母に食べられてしまうこと。また、そもそも米粉だけでパンを作るとうまく生地が膨らまないという問題もありました。そこで、この2つの課題を解決する方法を探そうと研究をスタートしたのです。
パンに関するその他の研究としては、ある製粉メーカーからの依頼を受け、「湯種製法」で作られるパンの物性や香りの分析にも取り組んでいました。「湯種」とは、小麦粉に湯を加えて練り、一晩寝かせて餅のようにしたもの。これをパン生地に加えることで、甘みが増したり、もちもちした食感が出せたりするのが特徴です。また、岐阜県農業技術センターで開発された米粉用の品種「こなゆきひめ」で作った米粉パンの香りの分析なども行っていました。企業に勤めていた頃、ゴマの香りの分析に携わっていた経験から、岐阜大学に着任した後も、香りに関する相談を受けることが多いです。
食品の香りは、一見するとシンプルに思えますが、実は何百種類もの成分が混ざって構成されています。それを一つずつ分け、それぞれの成分がどれくらい入っているのかを細かく分析します。自分たちの鼻を頼りに分析する方法もあり、鼻で嗅いだ香りをメモしながら記録していくことも多いです。
米粉パンは、小麦を使ったパンとは明らかに香りが違います。そのため、当初は「小麦粉のパンの香りに少しでも近づけたい」と考えていました。ただ、ずっと香りの分析を続ける中で、最近では「米粉パンは通常のパンとは違う。全く別物としておいしいものができればいいのではないか」と考え方を切り替えるようになりました。
パンをテーマにした卒業研究を行う学生が多いことに着目し、さまざまな研究を集めて発表する場を設けようと、微生物研究で優れた研究業績を収めた応用生物科学部の鈴木徹 元教授の発案で平成29年に第1回パンシンポジウムを開催。令和4年9月20日(火)には、「みんなの森 ぎふメディアコスモス」を会場に「パンシンポジウム2022」を開催し、パンに関する特別講演や、最新のパン研究の一端を紹介する市民講座などを実施。その他、作家・生活史研究家として知られる阿古真理氏を招き、「なぜ日本は菓子パン・総菜パンが人気なのか?」をテーマにした講演などを行った。また、「みんなの広場 カオカオ」では、岐阜近郊のおいしいパン屋さんが出店する「パンのミニマルシェ」を初企画。台風の影響によりシンポジウムとの同時開催は見送られたものの、別日に行われた販売会には多くの一般客を集めることに成功。
「おかゆ」を使うことでもっとおいしい米粉パンに
最近のパン研究を見渡してみると、小麦粉を使った従来のパンを研究されている方がいる一方、グルテンフリーを目指した米粉パンの研究に取り組む方もたくさんいます。パン用の米粉はまだ価格が高く、米粉100%のパンはそれなりの金額になることが多いです。また、粉にもさまざまなグレードがあり、どのように製粉したかによって性質がかなり違います。そこで私は、岐阜県産の「ハツシモ」を使い、簡単に粉砕しただけの米粉でうまくパンができればと考えて研究に取り組んでいます。
米粉パンの作り方は、小麦粉のパンとは大きく異なります。通常のパンは、生地の成形ができますし、膨らんでからガス抜きができます。一方、米粉パンは、生地がドロドロの状態になるため、形を作ることができず、型に流し込む方法で作ることになります。
私が考えた米粉パンのレシピは、P7の通りになります。一番のポイントは、途中で「おかゆ」を加える点です。米粉には、小麦粉に含まれるグルテンというタンパク質がありません。小麦パンの場合、酵母が発酵する際に出てくる二酸化炭素が気泡のようになってパンの形が出来上がります。一方、グルテンがない米粉ではドロドロの状態になるため、二酸化炭素が抜けてしまい形を保持できず、生地も十分に膨らみません。そこで、二酸化炭素を留めておくために使うのがおかゆです。米粉パンを作ってみたい方、うまくできずに困っている方は、ぜひP7のレシピを試してみてください。ホームベーカリーがなければ、パウンドケーキの型に流し込む方法でもおいしい米粉パンを焼くことができます。
米粉パンは置いておくと劣化し、パサパサしておいしくなくなるのが一般的です。ところが、おかゆを入れて作ると、こうした劣化がかなり抑えられます。米粉の中に米を入れているだけなのに、なぜ劣化が抑えられるのか。現在はこのメカニズムを解明する研究(下図参照)を続けています。また、当初から学内で「岐大パンを作りたい」という話がありました。せっかくですから、岐大生まれの酵母や、岐大の農場で栽培された米などを使い、岐大産の原料にとことんこだわったパンを作ってみたいです。岐大の農場では、赤米などの変わった米も栽培されていますので、他にはないオリジナルのパンが出来上がるかもしれません。毎年9月頃には、パン研究の成果などを広く発信する「パンシンポジウム」というイベントを開催して いますので、ぜひ来年の開催時には「岐大パン」をお披露目したいですね。
粥を用いたグルテンフリー米粉パンの物性と保存性改善
困っている人を助け,社会に役立つ商品を届けたい
米粉パンの研究は、社会に貢献することが一番の目的。今回ご紹介しているレシピも、アレルギーでお困りの方に役立ててもらいたいという思いから考案しました。
米粉パンの研究に取り組むきっかけとなったのは、前述の通り、岐阜県産の「ハツシモ」を使ったGABA米です。実は、池田町にある私の実家も「ハツシモ」を栽培する農家でした。農業の大変さを知る者として、米の用途を広げ、岐阜県の農業の活性化に少しでも寄与できればと思っています。研究の成果が出てから製品化に至るまでには、よく「死の谷がある」といわれますが、米粉パンの研究は、実際の商品につなげやすいテーマだと思います。これからも研究内容を商品化に役立てることで、より広く社会に貢献していければと思います。
勝野准教授考案 グルテンフリー米粉パン
【用意するもの】
・キッチンスケール ・計量カップ
・ホームベーカリー(米粉パンモードがあるもの)
作り方
1. パンケースに水と五分粥を入れる
2. 1に塩、砂糖を加える
3. 2に米粉を山になるように入れ、山の中央に
くぼみを作る
4. 3のくぼみの中にサラダ油を入れる
5. ドライイーストをセットする
6. 米粉パンモードでスタートする
7. 出来上がったら、パンケースから取り出して
1日ほど置いておく