大学案内

岐阜県内で採取した野生酵母を使った 岐阜大学オリジナル酵母の開発に成功。 個性豊かな「岐阜大酒」作りに貢献。

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「香り」に着目して自然界の野生酵母を研究

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応用生物科学部の講義「酒と食の文化の実践的理解」の様子。
学生自ら日本酒の原料となる酒米「ひだほまれ」の栽培を行った。

 中学生の時からお菓子作りが好きで,さまざまなレシピに挑戦していました。特に,ベーキングパウダーを入れると生地が膨らんだり,材料の配合によって仕上がりが変わったりするところに科学に似た要素を感じ,その面白さに夢中になっていました。その頃から食品全般について学びたいという気持ちが芽生え,岐阜大学応用生物科学部の食品生命科学コースへ進学しました。
 大学の4年間では,食品が持つ栄養素や健康維持機能に加え,食品の生産や加工,保存などの理論や,流通の構造などのマーケティングに関することも学びました。中でも興味を持ったのは,微生物の働きについて学ぶ食品微生物学です。微生物は目には見えない生き物ですが,食品に対してとても重要な働きをします。例えば,乳酸発酵によってできるチーズやアミノ酸発酵によってできる味噌など,発酵食品はその代表的なものです。講義を通して世の中には多種多様な微生物が存在することを知り,食品と微生物の関係をより理解するため,3年の後期に食品微生物学研究室に入りました。

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岐阜県酒造連合会協力のもと、岐阜県内の酒蔵にて岐阜
大酒の仕込み実習を実施。写真は、麹をつくる製麹作業
の様子。

 研究室では,日本酒醸造に欠かせない微生物や酵母の研究に取り組んでいます。日本酒醸造では,酵母がアルコールや様々な有機酸,香り成分を作ることで,日本酒ならではの味と香りが形成されます。つまり,酵母が日本酒の味と香りを決定する重要な役割を担うため,日本酒醸造では酵母の選定が重要です。全国の多くの蔵元では,アルコール発酵力が強く,安定した酒質の日本酒造りに向いている「きょうかい酵母」が用いられることがほとんどですが,私は自然界に生息する野生酵母を使って,これまでにない個性的な日本酒造りにチャレンジしたいと考え,酵母の研究を始めました。

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出来上がった試作品の利き酒会と岐大酒プロジェクトの
成果報告会を実施。

 特に着目したのは酵母が作る"香り"です。酵母は日本酒のフルーティーな香り「吟醸香」を生産するため,その発酵力が日本酒の評価を大きく左右します。一方で,日本酒にとってマイナス評価となる成分「4-VG」を生産するのも酵母です。4-VGは燻製のような香りを持つため,混入すると日本酒の風味が損なわれることがあります。多くの野生酵母が発酵の過程でこの4-VGを作ってしまうことが実用化を妨げる要因の一つとなっています。私は,こうした野生酵母が4-VGを生産する分子メカニズムを明らかにし,その知見から4-VGを生産しない野生酵母の選抜・育種を行いたいと考えました。


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岐阜大酒プロジェクトが本格化し研究室として取り組むことに

 岐阜大酒プロジェクトは,学生が栽培した岐阜の酒米「ひだほまれ」を使い,岐阜大学の地下水「のみやすい」と岐阜大酵母を用いて岐阜大学オリジナルの日本酒「岐阜大酒」を開発しようというもの。岐阜県食品科学研究所や岐阜県酒造組合連合会,JA全農岐阜,さらには加茂郡八百津町の「蔵元やまだ」さんの協力のもと,学生が主体となって行う大規模なプロジェクトです。
 そもそも岐阜大酒プロジェクトは応用生物科学部の中川先生が取り組んでいる教育プログラム「酒と食の文化の実践的理解」が発展したもの。この教育プログラムは,日本酒と地域の食文化を,実際に酒造りをして学ぼうというものです。その中で,自分たちで開発した酵母でお酒を作りたいという学生の発想から野生酵母の採集が始まりました。先輩方が,土や花,蝶など1,000個を超えるサンプルを集め,600株を超える酵母を採取しましたが,その中には日本酒の醸造に使える清酒酵母はわずか28株のみでした。そして,先輩方が採取した清酒酵母を用いて醸造した日本酒の利き酒会を開催し,ご参加いただいた森脇学長の働きかけにより,実際に「岐阜大酒の開発」を目指そう!ということで岐阜大酒プロジェクトが本格化したそうです。
 私が所属する食品微生物学研究室の岐阜大酒プロジェクトでの役割は,岐阜県食品科学研究所との共同研究で28株の野生酵母から最も優秀な岐阜大酵母を選抜し,日本酒醸造に利用できるよう育種することでした。研究室の先輩が小仕込み試験を実施し,アルコール発酵力や風味などを総合的に評価したところ,郡上市で採取された野生酵母「GY115-a3株」が,新しい味わいの日本酒を醸すことができる最も優秀な岐阜大酵母として選抜されたそうです。

新しい酵母を使った日本酒「多望の春」

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岐阜大酵母とG酵母の交雑育種で新しい個性を持つ酵母株の開発

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 岐阜大酒プロジェクトの発足から4年後,私は食品微生物学研究室のメンバーとなり,平成29年から岐阜大酒プロジェクトに関わるようになりました。私に与えられた課題は,GY115-a3株をベースに新しい酵母を開発することでした。図書館で文献を調べたり,何度も岐阜県食品科学研究所の先生方に相談したり,議論を重ねた結果「岐阜県で開発したG酵母Ce-41株とGY115-a3株を接合させたハイブリッド株を作ってみてはどうか」という話になりました。華やかな香りが特徴のCe-41株と,独特の酸味をもつGY115-a3株を掛け合わせれば,個性的で美味しい酵母を開発できるのでは?という仮説を立てたのです。2つの株がうまく接合するか不安でしたが,5回目の接合実験でハイブリッド株が採れたときには,一安心しました。最終的には2つの酵母の特徴を持ち合わせたハイブリッド株を11株採取することができたのです。
 採取した11株には,個体差がありました。それぞれがバナナやリンゴのような吟醸香を生産したり,有機酸の生産性にも差があったりしたのです。そこで,11株を使って小仕込み試験をし,その中からアルコール発酵力,風味ともに良好な1株を選抜しました。この株が,岐阜大酒「多望の春 曲阜」に使用されている「GY115-a3×Ce-41株」です。この新酵母を使って蔵元やまださんで醸造していただき,酸度は控えめのキレのよい辛口の清酒「多望の春 曲阜」が仕上がりました。

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GY115-a3株の特徴的な「酸味」を活かした「多望の春 岐山」の開発

 もう一つの岐阜大酒「多望の春岐山」は,GY115-a3株が生産する特徴的な有機酸による「酸味」を活かした清酒として開発しました。当初「多望の春 岐山」は一般的な日本酒と同じように約14ºCで20日ほどかけて発酵させていたのですが,酸度が強すぎて風味のバランスが悪く,商品化は難しいものでした。そこで,岐阜県食品科学研究所の方に相談したところ「吟醸酒のように低温発酵させれば,アルコール度を抑えつつ甘みが加味され,GY115-a3株の特徴的な酸味が活きるのでは?」と助言をいただき,早速テスト。すると10ºCでじっくり発酵させたことで,独特の酸味と甘味が融合した洋ナシを思わせる香りと白ワインのような風味を引き出すことに成功したのです。
 「多望の春 岐山」は,1カ月間ほぼ毎日かかりきりになって温度管理をしたので,原酒を絞って瓶に詰めたときは大きな感動とともに,ものづくりの楽しさを改めて実感することができました。また,この研究を始めて,日本酒の味の違いや酒蔵ごとの特徴がわかるようになってきました。日常生活でも,酒屋に置かれている日本酒のラベルに書かれている情報をつい読んでしまうなど,これまで以上に日本酒に関心を持てるようになったことも嬉しく思っています。

岐大酒ができるまで

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協力することの重要性や突き詰めて考える大切さを実感

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令和元年6月に行われた岐阜大学創立70周 年記念祝賀会にて、完成した日本酒「多望の春 岐山」「多望の
春 曲阜」を披露。式典に出席した黒木登志夫第10代岐阜大学長の発声で乾杯し、大学70周年を祝った。

 人生で初めての大きなプロジェクトに関わりながら,酵母の研究を進めていく中で,改めて一人の力の限界や,人と協力することの重要性を感じました。特に岐阜県食品研究所へ足繁く通い,研究に関する知識を得た経験は,ものづくりに対する情報収集の方法や意見交換の大切さを学べたと思います。また,私はもともと積極的な性格ではなかったのですが,岐阜大酒プロジェクトでは,岐阜県食品科学研究所や酒蔵から話を聞かないと解決できない場面に多く直面しました。自然と自分から皆さんに話かけるようになり,コミュニケーション力を磨くことができました。これが人間的にも成長するきっかけになったと実感しています。
 さらに,酵母の研究を通じて,物事を突き詰めて考えるようになりました。発酵実験で発酵温度を少し変えたら本来ありえない数値になってしまい,データが正確に集められなかったのです。今までの私はなんとかなるはずと物事を大ざっぱに考えがちでしたが,その失敗から,疑問点を徹底的に調べたり,理解できるまで周りに聞いたりするようになったり,自分の習慣を変えるいいきっかけになったと思います。
 酵母の研究や岐阜大酒プロジェクトで得た知識を生かし,将来は醸造関係の仕事に就きたいと考えています。ゆくゆくは商品開発に携わり,岐阜大酒のように,新たな価値のある商品を生み出す一端を担えたら嬉しいです。

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岐阜大学応用生物科学部
中川 智行 教授

研究やプロジェクトの頼れる存在
さらにいい酵母作りに貢献してほしい

 「岐大酒プロジェクト」は応用生物科学部の授業「酒と食の文化の実践的理解」への理解をより深めるために平成25年に発足しました。集まってくれた有志の学生が,岐阜県内の自然に生息する酵母の収集や岐阜県を代表する酒米「ひだほまれ」の栽培,そして発酵から醸造までをすべて行います。学生には,それぞれの工程で,応用生物科学部で学んだ基礎的な知見を発揮してもらうとともに,日本酒という日本が誇る文化の価値を感じてもらいたいと思っています。
 また,原料の生産から商品の製造・加工,販売までにすべて関わり,いわゆる6次産業化の構造を学ぶことで,産業全体を俯瞰する力を養ってもらうことが,このプロジェクトの目的です。自分たちで一から酒造りを行うことや,プロが作る酒との味や香りの違いを通して,学生たちはものづくりの楽しさだけでなく,厳しさも実感したことでしょう。
 奥村さんは酵母作りの要として,岐阜県庁関係者の方々の協力を仰ぎながら,しっかりと研究を進めてくれました。また,プロジェクトや研究室のまとめ役としても頼れる存在でした。
 学生たちと開発した,今の岐阜大酒に使われている酵母はまだまだ発展途上ですので,学生たちがさらに研究を重ねてもっと素晴らしい酵母してくれることを楽しみにしています。


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