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糖質や食物繊維「ペクチン」の機能について研究。 無理なく健康寿命を延ばす「理想の食生活」を探る。

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身近な糖質や食物繊維には,未解明の働きがたくさんある

 私は元々米農家の生まれで,大学時代にはパン酵母について学び,現在は炭水化物を構成する「糖質」や「食物繊維」に関する研究に取り組んでいます。ダイエットにおいては,厄介者扱いされることの多い糖質ですが,食品だけでなく人間の体内にも含まれるとても重要な物質です。ただ,実はいまだに解明されていない部分がたくさんあります。
 最近では,遺伝子の仕組みが徐々に解き明かされ,遺伝子から生成されるタンパク質について研究が進んできています。その一方で,糖質は,遺伝子からできた酵素を経て作られることから,タンパク質に比べると研究対象として非常に扱いづらい存在です。そのため,世界的にも研究が進んでおらず,重要な役目を担っていないとみなされてきました。ところが,遺伝子操作によるがん治療の研究が思うような進展を見ない中,蚊帳の外だった糖質に目が向けられ始めたところ,人間が健康を維持する上でとても重要な役割を担っていることが少しずつ明らかになってきたのです。
 私は岐阜大学に赴任以降,人々の体に糖質や食物繊維がどんな影響をもたらすのかを調べています。中でも一貫して取り組んできたのが「ペクチン」という食物繊維の研究です。私は以前,アメリカで「ヘパラン硫酸」について研究していました。硫酸基を持つ酸性の特殊な糖で,動物の体内には必ず存在しているものです。体内でヘパラン硫酸が正常に作られなくなると,左側にあるはずの心臓が真ん中に来たり,肺呼吸ができなくなって死んでしまったりと,様々な病気と関係性があることが指摘されています。そこで私は,このヘパラン硫酸と同じような酸性の多糖であり,身近な食品にもたくさん含まれる食物繊維のペクチンに着目したのです。
 ペクチンは,野菜や果物の中に含まれており,ジャムを作る時などによく用いられます。200年ほど前に発見され,現在ではほとんどの加工食品に使われていますが,粘り気があるといった特性以外は注目されず,体内での働きについてはほとんど研究されていませんでした。しかし私は,それまでヘパラン硫酸を研究した経験から,ペクチンにも何か特別な働きがあるのではないかと考えていたのです。

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ペクチンが絨毛を伸ばすメカニズムを初めて解明

 ペクチンには,小腸の絨毛を伸ばす働きがあることが分かっています。絨毛は,小腸の内壁にある小さな突起で,栄養を吸収する働きがあります。昔,アジア人の絨毛は茂るようにたくさん伸び,ヨーロッパ人はそれほど伸びていないことから,絨毛の状態は人種や遺伝子によって違うとされていました。ところが,30年ほど前の調査により,その後の食生活の変化から,絨毛の状態が両者で逆転していることが判明。食物繊維の摂取量により,後天的に絨毛の状態が変化することが知られるようになったのです。
 私たちは,絨毛が伸びるメカニズムを解明しようと研究を始めました。そして,栄養吸収の働きを司る小腸の上皮細胞がペクチンを識別し,細胞表面などにあるヘパラン硫酸に作用することで,細胞が増殖して絨毛が伸びることを突き止めたのです。マウスの実験では,10週間もあれば,絨毛の状態が劇的に変わります。つまり,食物繊維の摂取量によって,非常に短期間のうちに小腸の内部が変化していくのです。
 ただ,絨毛が伸びるという現象が,健康にどう寄与するのかまでは詳しく分かっていません。そこで昨年から,通常の3分の1ほどの寿命の老化促進マウスを使い,ペクチンを食べさせた場合とそうでない場合を比較し,絨毛が伸びることが健康にどんな影響をもたらすのかを調べています。この実験で,ペクチンを食べさせた老化促進マウスの健康な状態が長く続けば,絨毛が伸びたことで栄養の吸収が良くなり,健康によい影響を与えたことが立証されることになります。

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食と健康の関連性を突き詰め,理想の食生活を提示したい

02.jpg 食物繊維は,大腸ガンの発症を抑える働きを持つといった研究が発表される一方,摂取しすぎると下痢を引き起こすというデメリットもあります。そこで厚生労働省でも,食物繊維の1日の摂取基準量を約20gと定めているわけですが,なかには40g食べても下痢にならない人もいます。また,大腸の手術をした後は,下痢を予防するために食物繊維を食べさせないのが一般的ですが,下痢をしない程度に食物繊維を少量摂取すると,術後の回復が早くなるといった調査結果も出てきています。私たちの研究を通じて,ペクチンが体にどんな影響を与えているのかをより詳しく解明することができれば,デメリットを過度に恐れることなく,より適切に食物を取ることができるようになるのではと期待しています。

 私たちが普段口にする食べ物が,体の中でどんな働きをしているのか。それがより突き詰めた形で解明されるようになれば,現在より,もっと具体的な形で「バランスの良い食事」が提示できると思います。私たちの究極の目標は,人々が何も考えずに普段の食事を取りながら,健康を維持できる仕組みを作ること。これからも日々の食生活を健康へと繋げる研究を深めていきたいと思います。

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