白髪や白斑のメカニズムを解き明かす。
人体への副作用を最小限に抑えながら 髪の毛や肌の色を自由に操れる技術を研究。
農学部で発生学に興味を抱き,色素細胞を研究する道へ。
私は岐阜大学農学部で学び始めた頃から牛や豚などの大型動物が大好きで,品種改良や遺伝・育種の分野を学んでいました。その後,受精卵が発生し,どのように組織や臓器に分化していくのかを学ぶ「発生学」の研究室に入ります。その当時,どんな組織や臓器にも分化できる幹細胞「ヒトES細胞」が樹立され,世間の注目を集めていました。発生学の研究に携わっていた私は,ES細胞が持つ可能性に大きな魅力を感じ,この分野で先進的な研究を行っている医学系研究科の國貞隆弘教授の下で学びたいと,転科を決意しました。
國貞隆弘教授の研究室に所属して以降,私が一貫して取り組んでいるのが,メラニンという色素を作り出すことで,皮膚や髪の毛の色を司る「色素細胞」の研究です。そもそも私は,農学部で学んでいた頃から,「なぜ白と黒のホルスタインは他の動物のように縞模様やドット柄にならないのか」と不思議に思っていました。その後,牛の白と黒のパターンが色素細胞の配置によって決められていることを知り,色素細胞に強い興味を抱くようになりました。しかも色素細胞は,色のついていない未分化な幹細胞が分化すると,細胞自体が黒色に変色するという特性があり,幹細胞のメカニズムを知る上で非常に有益な研究対象でもあります。そこで私は,白髪になったり,肌に白斑や色素斑ができたりする現象を,色素細胞の発生,維持,消失のメカニズムから解明しようと思い,研究を続けています。
色素細胞が自由に制御できれば 美容面で大きな社会貢献に。
人間の髪の毛が白くなるのは,色素細胞がなくなってしまい,メラニンを生成できなくなるのが主な原因です。ただ,全部の髪が突然白髪に変わる人がいないことからも分かるように,一部の髪の毛が白くなったとしても,その隣には色素細胞を持つ黒い毛が存在します。そもそも色素細胞は,アメーバのように移動し,毛包や皮膚に定着する小さな細胞ですから,もしも黒髪から白髪に色素細胞が移動してくれたら,黒髪を取り戻すことも可能です。つまり,色素細胞をうまく制御できるようになれば,皮膚や髪の色を自由自在に操れるようになるかもしれないのです。
色素細胞は,たとえなくなっても髪が白くなったりするだけで,命に別状はありません。ただ,世の中には美白に憧れる女性のために化粧品があふれていますし,白髪染めをしたいという人もたくさんいます。現在の美容関連の市場規模を考えると,非常に大きなインパクトがあるわけです。また,数年前,美白化粧品に含まれる有効成分「ロドデノール」が白斑を引き起こした問題が注目を集めたように,シミや白斑で悩んでいる人は数多くいますし,国によっては皮膚や髪の色が極端な差別の対象になることすらあります。そのため,色素細胞の研究は大きな社会貢献にもつながるだろうと考えています。
色素細胞の幹細胞を支える 「環境」を守ることに着目。
私は白髪になる仕組みを研究するため,放射線によって色素細胞の幹細胞にダメージを与えることでマウスを白髪にし,これを調べる実験を行いました。その結果,意外な事実が判明したのです。それまでの定説では,放射線に当たることで色素細胞を生み出す幹細胞自体が機能を失い,白髪になると考えられていました。ところが,詳しく調べたところ,色素細胞の幹細胞が直接機能を失うのではなく,幹細胞を守るNICHE(ニッチ)という環境の方が放射線の感受性が高く,この環境がダメージを受けることで幹細胞が色素細胞を生み出せなくなることが分かったのです。
がん化など,人体への悪影響が少なく実用性の高い再生医療を推進。
現在,研究が進んでいる再生医療は,幹細胞自体を移植する方法が主流となっています。例えば,アルツハイマー病などの神経変性疾患であれば,神経の幹細胞を移植するとか,パーキンソン病であれば,ドーパミンを産出する細胞を移植するといった具合です。ただ,これらと同じように色素細胞の幹細胞を直接移植した場合,微妙な色合いを制御するのが難しく,肌が白くあるいは黒くなりすぎてしまい,白斑ないしは色素斑という症状になることも考えられます。そこで現在は,色素細胞の幹細胞を支えるNICHEを守ることで,よりマイルドに,かつ根本的に回復させる方法を確立したいと考えています。
この色素細胞の研究において,3年前からヘアカラー製品を製造・販売するホーユーさんと共同研究を行っており,すでに動物実験のレベルでは白髪をある程度防げるものができつつあります。今後はより確実な効果が期待でき,さらには色の濃淡などを細かく制御できる方法を確立した上で,サプリメントのように手軽に摂取できる形のものができればと思っています。
再生医療は注目度の高い分野だと感じていますが,受精卵と同じ性質を持つES細胞やiPS細胞を用いる場合,細胞が増殖していく過程で遺伝子異常を起こし,結果的にがんとなってしまうリスクが常につきまといます。私自身も以前,ES細胞やiPS細胞を使った網膜再生を行っていましたが,技術的な課題が数多く残されていると感じました。一方,現在私が研究しているNICHEを守る方法であれば,元々体の中にある幹細胞を元気にしたり,抑制したりする方法ですから,がん化するようなリスクもほとんどありません。
ES細胞やiPS細胞の研究に比べて,私たちの研究ははるかに低予算で,より実用化に近いものだといえると思います。これからも共同研究を行う企業の方々と上手く手を携えながら,色素細胞を広く社会に役立つものへと展開していければと考えています。
神経堤細胞をテーマに掲げる「國貞研究室」
神経堤細胞の研究などに尽力。
私の研究室では,脊椎動物の進化において決定的に重要な役割を果たした「神経堤細胞」を研究テーマに掲げ,神経堤細胞がどのように出現したのかを試験管の中で再現する実験を実施しています。皮膚などの細胞から神経堤細胞を作り,その本質を明らかにすることで,他の生き物にはない脊椎動物の特性を解き明かそうとしています。また,神経堤由来の細胞を多く含む歯髄細胞を親知らずから採取し,広く再生医療に用いるプロジェクトも進行中です。およそ1,000名から集めた歯髄細胞を使い,脊髄損傷の患者さんを治療する体制づくりを進めています。
青木先生が研究を進めている色素細胞も,神経堤細胞から生まれます。色素細胞は皮膚や髪の色を決定する以外にも,紫外線から皮膚を防御するなど,様々な役割を果たしている非常に重要な細胞です。青木先生は,すでにいくつもの重要な発見をしており,専門誌にも定期的に発表を行うなど,世界的に見てもその研究成果が高く評価されています。
青木先生が特に素晴らしいのは,あらゆる実験技術に精通していて,生命科学の研究を進める上で必要な技術のほとんどを自ら実施できること。そして何より労を惜しまず研究熱心です。彼女の研究が今まで誰も予想しなかったある遺伝子の新しい機能の解明につながりつつあるなど,岐阜大学にいながら世界で活躍できることを自ら体現している,優秀な若手女性研究者の一人です。
共同研究者
すでに岐阜大学と共同で数件の特許を申請中。
最先端の研究環境が整っているのが魅力。
平成24年に滋賀県長浜市で開催された色素細胞学会で青木先生と知り合い,以後3年間にわたって共同研究を続けています。放射線を当てて白髪になったマウスの色素細胞を調べた青木先生の研究内容をお聞きし,当社がかねてから検討を進めてきた白髪防止剤の技術が確立できるのではと共同研究をお願いしました。白髪を防止するために,色素細胞の幹細胞を支えるNICHEを守る特許など,共同で数件の特許をこれまでに申請し,早ければ3~4年後には登録される予定です。
岐阜大学は企業との連携をとても大切にしてくれていますから,共同研究が非常に進めやすいです。また,色素細胞に関する国内最先端の研究環境が整っているのも大きな魅力です。
社会人学生
美容師から一念発起し遺伝子工学の世界へ。
黒髪が再生する仕組みを海外の学会で発表。
私は10代で美容師の世界に入り,38歳の時に岐阜大学工学部に入学。仕事を通じて抱いていた「なぜ人は白髪になるのか」という疑問を晴らすべく,生命工学科で遺伝子工学を学びました。学部を卒業後,1年間だけ仕事に専念し,その後改めて國貞先生が在籍する医学系研究科に入り,6年前から研究に取り組んでいます。
今までケガをした部分に髪の毛が再生する場合,白髪にしかならないというのが定説でした。ただ,美容師の現場では黒い毛が再生することがあるのを見ていたため,様々な方法を試したところ,ある条件下で黒い毛が生えることが判明。そして2年前,シンガポールの学会で研究成果を発表し,大きな反響を得ることができました。