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リウマチやアレルギーなどの新薬開発に大きな一歩! インターロイキン 18 の立体構造を世界で初めて解明。

免疫異常の原因物質の立体構造が明らかに。 副作用のない画期的な新薬の開発に期待。

臨床で感じた疑問から 世界初の研究が始まった。

 私がタンパク質の立体構造を研究しようと考え始めたのは,20年ほど前,現在も続けている小児科での診療を通じて,喘息やてんかん,心臓疾患といった病気に遺伝子が関与しているのではと感じたからでした。

 大学院時代の私は先天性代謝異常症という病気を研究し,この病気の患者さんには共通する遺伝子の変異があることを突き止めたのですが,結局「なぜこの変異が病気の原因になるのか」という本質的な課題は未解決のままでした。遺伝子の変異が起こると,この情報を元にしてできるアミノ酸に影響を与えます。このアミノ酸が鎖状に長くつながったものがペプチドおよびタンパク質になるのですが,その鎖が折りたたまれて複雑な立体構造になることで初めて機能を発揮することになります。つまり,遺伝子変異の影響は最終的にタンパク質の構造の変化となって出現し,それが病気として表面化します。それならば,遺伝子の変異と疾患の関係を解明するカギはタンパク質の立体構造にあると考え,「構造医学」という新領域を確立しようと考えました。

 構造医学の分野に足を踏み入れた私は,研究対象に小児の難病などの原因となるタンパク質,インターロイキン18(IL-18)を選びました。この物質は,細胞やウイルス感染から体を守るために免疫を司るリンパ球などから放出されるものですが,過剰に生産されると関節リウマチや敗血症性ショック,アレルギーなどの免疫異常を引き起こします。これらの免疫疾患はIL-18にレセプターα,βと呼ばれる2つのタンパク質が結合することで起こるのですが,もしこの結合を阻害することができれば病気の発症を抑えることが可能になります。ただ,研究開始当初はその機能や構造は解明されておらず,これを解き明かすことで難病の治療法の開発や創薬に役立てようと研究をスタートさせました。

ナノメートル(nm)...1ナノメートルは1メートルの
10億分の1。1ミリの100万分の1のサイズ。
(クリックすると拡大します)

 タンパク質は無数の原子で構成されています。その構造を平面ではなく立体的に解明するためには,原子がそれぞれどこに位置しているのかを3次元で捉える必要がありました。そのために用いたのが,「核磁気共鳴(NMR)法」と「エックス線結晶構造解析」です。NMRはMRIにも使われる技術で,私たちは特定の電磁波パルスを送信し,原子と原子の間の距離情報を把握するに至りました。また,エックス線結晶構造解析では,タンパク質にエックス線を照射。散乱したエックス線から原子の位置を決定していきました。こうした解析作業や解析に使われる分子の発現・精製などは,木村豪先生(平成26年12月まで岐阜大学に在籍,現在は長良医療センター勤務)や長年の共同研究者である大西秀典先生,そのほか岐阜大学,京都大学などの多くの先生方に協力していただきました。

 2つの方法で解析を進め,平成15年にはIL-18の立体構造の決定に成功。そしてさらなる研究の結果,IL-18に結合するレセプターαとβの構造と,その結合のメカニズムを解明しました。IL-18とα,βの結合は,αと結合した後にβと結びつくことが分かっていたのですが,なぜこうした2段階結合をするのかが不明でした。その仕組みを世界で初めて解明することができたのです。

長期の研究を成果に導いた 岐大ならではの豊かな環境。

 IL-18の立体構造が解明された現在は,接合を阻害する新薬の開発に取り組み始めています。IL-18とα,βは凹凸が組み合わさる形で接合するため,接合面のくぼみにはまり,接合を邪魔できる分子が見つかれば,それが薬として使えます。立体構造が解明されたことで,さまざまな構造の分子のデータベースを作り,IL-18の接合面のくぼみにはまるかどうかをシミュレーションすることができるようになり,効率的に候補薬剤を割り出せるようになりました。その結果,30万個の分子の中から30個の有力候補を発見。その分子で阻害が起こるかどうかを実験したところ,4つの分子に明らかな効果が認められ,特許を申請しました。これらの分子を利用し,今後,臨床試験の段階にまで進めたいと考えています。

 私が10数年前に構造医学の話をすると「そんなことができるのか」と少なからず非難されましたが,恩師である岐阜大学小児科前教授の近藤直実先生は,短期間では結果が出ない私の研究を辛抱強く待ってくださいました。こうした周囲の深い理解があったからこそ,このような成果を得ることができたのだと思います。

 また,現在は岐阜大学と岐阜薬科大学による,創薬をテーマとした教育・研究の連合組織,岐阜大学大学院連合創薬医療情報研究科にも在籍していますが,こうした環境を大学側が整えてくれていることも非常にありがたいです。創薬は医学部や薬学部が単独で完結させられるものではありません。両者の連携はもちろん,工学部や農学部など幅広い分野と手を携えてこそ,初めてうまくいくものです。それをすでに具現化している岐阜大学は,非常に先見の明があると感じています。

 研究に取り組む上での私のモチベーションは,何より難病に苦しんでいる患者さんが目の前にいらっしゃることであり,これからも創薬の研究を進め,多くの患者さんの助けになることを願っています。

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共同研究者

昆虫細胞を使ったIL-18複合体の
発現・精製・結晶化に成功

 立体構造を解明する上では,研究に適した良質のタンパク質を採取することが絶対条件です。当初,大腸菌や酵母を使って発現させようと試みたもののなかなかうまくいかず,5年余りの歳月をかけた結果,蛾由来の昆虫細胞を使う方法に辿り着き,IL-18受容体を抽出し,高純度で精製して結晶化することに成功しました。

精製に成功したIL-18の結晶

 大学院時代から約9年間,加藤先生が進めるIL-18の構造解析に関わってきました。社会に貢献できればと進めた研究がこうして形になり,今までの苦労が報われる思いです。



構造医学基盤の研究から 日常診療まで

分子の大きさごとにたんぱく質を
展開して採取を行うための
「液体クロマトグラフィー」。

 IL-18複合体3次元立体構造の解明において,私は加藤先生の指導の下,大学院時代から研究に用いるためのIL-18複合体の発現や機能解析に力を注いできました。立体構造が解明され,シグナル伝達を阻害するための候補分子が特定された現在は,これを細胞に振りかけて実際の機能を測る実験へと進んでいます。

 私は小児科医として免疫不全や膠原(こうげん)病,リウマチ性疾患などを専門にしていますが,日々診療にあたる立場からも,治療薬がなく難病に苦しむ患者さんを救う新薬を早く開発できればという期待を込めて,創薬に向けた研究に力を注いでいます。


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研究は新分野へ発展


モーションキャプチャによる運動能力解析で
薬の効果を客観的に評価する方法を研究。

 私が加藤先生と共同で進めているのは,神経疾患の患者さんなどに用いる運動解析方法です。今までは投薬後の患者さんを評価する場合,腕が全く上がらない場合は0点,途中までいけば1点,耳まで上がれば2点といった具合に定性的に評価が行われてきました。ただ,これでは主観が入り込みますし,0点と1点との間を評価する指標がありません。そこで取り組んでいるのが,画像解析で定量的に評価する基準を作ることです。IL-18の立体構造が解明され,関節リウマチなどの新薬の開発が進行中ですが,この動作解析方法は新薬の効果を正確に評価するためにも役立ちます。

運動解析室に設置されたモーションキャプチャの機器。赤外線カメラによって被験者の
体に取り付けたボールの動きを読み取り,動作の改善状況を具体的な数値で評価する。

 動作解析にはハリウッド映画にも使われるモーションキャプチャ技術を応用しています。被験者の体にボール状のマーカーを取り付け,それを赤外線カメラで取り込むことで運動データを座標化して収集。一連の流れを可視化したり,さらには可動範囲や速度などを客観的な数字で評価するなどします。

 私はコンピュータサイエンティストとしてさまざまな分野のデータ解析に携わってきましたが,医学分野でこうしたデータを収集・解析し,診療に生かす取り組みはまだまだ少ないのが実情です。今後は私が医学とコンピュータサイエンスとの架け橋となり,データ解析のノウハウを医学に生かしていければと思います。


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Q. インターロイキン18(IL-18)とは?

A. 細菌などから体を守るためリンパ球から放出されるタンパク質です。

IL-18とは,長さ約3ナノメートルのタンパク質のこと。免疫を司るリンパ球などから放出され,血液中を流れながら細菌やウイルス感染による炎症をコントロールします。単独では働かず,2つのタンパク質(α,β)と結合して「IL-18複合体」として作用しますが,過剰に生産されると免疫異常の病気を引き起こします。今回,世界で初めてIL-18とその複合体の立体構造を原子レベルで解明。その論文が英国科学誌「ネイチャー・コミュニケーションズ」に掲載されました。


Q. ペプチドって何ですか?

A. いくつかのアミノ酸が結合した化合物です。

アミノ酸とアミノ酸が結合してできた化合物のことを言います。この中で,約10個以下のアミノ酸からなるものがオリゴペプチド,それ以上の数のアミノ酸で構成されたものがポリペプチドと呼ばれます。タンパク質の立体構造は,このペプチドが鎖状に長くつながったポリペプチド鎖が,複雑に折り重なることで出来上がっています。


Q. タンパク質はどんな働きをしているの?

A. 体を構成するための主な成分で,生きていくために重要な機能を果たしています。

必須栄養素のひとつにも挙げられるタンパク質は,筋肉や臓器,皮膚,毛髪,血液など,人の体の大部分を構成する主な成分です。人間の体の中には約10万種類ものタンパク質があるといわれ,体を動かしたり,栄養や酸素を運んだり,免疫機能を果たしたりと,それぞれ独自の働きをしています。

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