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世界初! 廃水から「発電+リン回収」。微生物燃料電池が水処理の未来を変える。

微生物を利用した燃料電池を使い,枯渇資源「リン」の回収に成功。

微生物を活用することで廃水から電気を発生させる。

廣岡 私が廃水処理に関心を持ったのは,生まれ育った三重県の村に下水道処理施設がなく,下水がそのまま排出されている光景を目にしたからでした。高校卒業後,東京大学で都市工学を学び,その後,東北大学の農学研究科を経て,平成21年に岐阜大学に着任しました。
市橋 私も幼少時代に公害や酸性雨の問題を知り,ずっと環境問題に関心を持っていました。ただ,水処理の分野に進もうと決めたのは,東京大学進学後,研究室を選ぶ段階になってからです。廣岡准教授とは同じ研究室に所属し,共に下水道工学の基礎を学びました。
廣岡 私は水処理の研究をずっと続けていますが,その方法の一つとして大きな可能性を感じたのが,平成21年から研究を開始した「微生物燃料電池」でした。燃料電池とは,プラスとマイナスの電極間に燃料を与え,その燃料を消費して発電する電池のこと。燃料電池では,電極で起こる反応を触媒が補佐するのですが,この触媒の役目を微生物が担っているものが微生物燃料電池になります。
市橋 微生物燃料電池の構造は水槽内に電極があり,そこに回路が繋がる形になっています。水槽内には燃料の代わりに有機物を含んだ水(廃水)が入っており,微生物が有機物を分解する過程で電子を電極に流します。これによって電気が発生する仕組みです。
廣岡 実は微生物が発電する現象は,今から100年以上も前に研究者が発見していました。しかし,当時は発生する電力量があまりに少ないため,使いものにならないと注目を浴びなかったのです。ところが,90年代に入ると特定の物質を使うことで電力量が飛躍的に増加することが判明しました。さらに,電池の構造自体の性能も格段に向上したことで,一躍脚光を浴びる分野になりました。この15年間で,発電量は数千から数万倍に飛躍的に増加し,実用化に向けてさらなる研究が期待されているところです。

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世界初となるリンの回収は実験中の偶然から生まれた。

市橋 私たちは水処理の観点から,微生物燃料電池が電力を発生させる過程で,微生物による有機物の分解が起こることに着目しています。廃水に含まれる多量の有機物は,河川や湖沼(こしょう)等の汚染の原因の一つとなります。この有機物を燃料にしてうまく発電ができれば,エネルギーを回収するのと同時に,効率よく廃水を処理できるのではと考えました。
廣岡 今回,私たちは微生物燃料電池でリンが回収できることを突き止めましたが,これは研究を進める中での偶然の発見でした。ある日,いつものように実験を行っていたところ,電極に付着物があることに気が付きました。注意深く観察してみると,キラキラと輝く結晶のような物体が見え,廃水中の他の微生物とは明らかに違いました。そこで詳しく検査したところ,高濃度のリンだと判明したのです。以前から微生物燃料電池の電極にリンが付着する現象は起きていたと思いますが,他の研究者は必ずしも廃水処理が専門ではないため,リンを回収することに意識が向いていなかったのでしょう。だからこそ,私たちが世界初の発見に辿りつけたのだろうと推察しています。
市橋 それ以外にも,私たちが「実廃水」を使っていたことも大きなポイントでした。通常,微生物燃料電池の実験では人工廃水を使用します。人工廃水とは,実験に応じて人工的に成分量を調整して作られたものです。私たちはこうした人工廃水ではなく,実際の養豚廃水で実験を行っていたのですが,この廃水はリンの回収がしやすい条件がそろっていたのです。高濃度のリンが含まれていたことに加え,回収に必要なアンモニウムやマグネシウムなども適度に入っていた。こうした偶然が重なり合い,今回の発見に繋がりました。
廣岡 リンは農業用肥料として広く使われるなど,暮らしに欠かせない大切な物質です。日本はほぼ全量を輸入に頼っていますが,世界中で枯渇が心配されるため,近い将来,国家間の争奪戦が繰り広げられる危険性をはらんでいます。こうした貴重な資源であるにも関わらず,日本でのリンの年間輸入量が80万トンであるのに対して,生活排水や家畜排泄物に含まれて廃棄される量は30万トンと言われています。加えて,廃水処理には膨大なエネルギーがかかりますが,廃水が潜在的に持っているエネルギーはその数倍と推測されます。だからこそ,私たちの研究により,効率的に廃水処理が行え,リンも自国でリサイクルできる,そんな仕組みが構築できればいいなと思います。

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実用化のためのハードルは,「大規模化」と「コスト」。

廣岡 現在,微生物燃料電池は実験室レベルの小さなサイズが主流で,世界で最も大きなサイズのものでも1000リットル程度。これは一般家庭の浄化槽にも満たない大きさです。 さらにはコスト面も大きな課題になっています。大規模化,コスト削減という2つの大きな壁を乗り越え,大規模な発電施設として実用化されるには, まだ長い道のりがあると思いますが,私たちはいつかその日が来ると信じて,リンが効率的に回収できる方法をさらに研究していきたいと考えています。
市橋 個人の研究者として実用化に貢献できる範囲は限られていますが,世界中の研究者がこの分野に情熱を注ぐことで,一歩ずつ着実に技術レベルは上がっていくはずです。また,有機物の除去だけに着目すれば,微生物燃料電池は従来の方法に比べて低エネルギーでの処理が可能です。大規模な発電は先になるとしても,微生物燃料電池を活用した水処理の省エネ化については,10~20年後には実用化が達成できるのでは,と期待しています。

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研究を支える学生

廃水の中に含まれる貴重な資源を
有効活用する研究に魅力を感じています。

 私は子どもの頃から環境問題に興味があり,学部生の頃は別の大学で大気や土壌,水環境,廃棄物などあらゆる分野について学んでいました。そして,スリランカの地下水汚染の研究をきっかけにして水環境の分野に強い関心を抱きました。スリランカでは,一部地域の住民の間で発生している水による健康被害について調査したのですが,日本では毎日当たり前のように使っている水が,いかに貴重で大切なのかを痛感したのです。
 現在,私は微生物燃料電池の研究の中でも燃料となる廃水の条件や微生物燃料電池の運転条件を変えて,それぞれの条件下でのリン回収量や発電量の変化を調べています。廃水中には貴重な資源がたくさん含まれています。資源の有効活用という点から非常に将来性のある技術だけに,この分野の研究に携われることにとても大きな魅力を感じています。



触媒の材料をより安価にすることで
微生物燃料電池の実用化に貢献したい。

 私は学部生4年時に行う卒業研究に着手するまで,環境工学や土質力学などを中心に学んでいましたが,卒業研究に着手してからはそれまでと少し違う分野に携わることになり,微生物燃料電池の研究にほぼゼロから取り組み始めました。この研究を選んだのは廣岡先生から誘われたのがきっかけですが,廃水から電気の調達ができる点について純粋にとても面白いなと感じています。
 私が取り組んでいるのは触媒として使える新たな材料の研究です。微生物燃料電池の触媒には白金(プラチナ)が使われていますが,この代替物としてジルコニアを使った実験を行っています。白金に比べるとジルコニアの調達コストは1万分の1ほど。その分,性能は落ちますが,この微生物燃料電池を実用化するためにはコストダウンは必須条件。今後も試行錯誤を続けながら微生物燃料電池の実用化に少しでも貢献したいですね。


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Q. リンとはどんな物質ですか?

A.生物にとって欠かせない貴重な資源です。

リンは生体内では遺伝情報の要となるDNAやRNAに存在するほか,骨格の主要構成要素の役割を担うなど,あらゆる生物にとって必須となる重要な元素です。また,リン酸は農業分野では窒素やカリウムとともに化学肥料の主要成分となっているほか,金属の表面加工,工業用触媒,食品添加物,農薬や殺虫剤など,幅広い用途で使われています。一方,肥料成分として代替品が存在しない貴重な資源であるにも関わらず,全世界の採掘可能なリン鉱石資源は約150億トンに過ぎないため,近年は国際的な価格が大幅に上昇。リン鉱石をほぼ100%輸入に頼る日本では,安定的なリンの確保が大きな課題となっています。


Q. 微生物燃料電池とは?

A.微生物が有機物を分解する時に出る電子で発電する電池です。

一般的に良く知られている燃料電池は,水の電気分解の逆反応を行うことで発電する電池のことですが,微生物燃料電池はこれとは異なるものです。微生物燃料電池では,微生物が有機物を分解する際に生じる電子を利用して発電を行います。廃水中から有機物を除去すると同時に電気エネルギーが回収できる画期的な技術として注目を集めています。


Q.好気性生物と嫌気性生物の違いは?

A.活動に酸素を必要とするかしないかの違いです。

「好気性生物」とは酸素呼吸をしながら活動を行うタイプの生物のことで,「嫌気性生物」は反対に酸素を必要とせずに活動が行える生物のことです。食品工場や畜産場,家庭などから排出される有機物を多く含んだ廃水の処理には,主に活性汚泥法という好気性の微生物を利用する方法が用いられていますが,この方法では酸素の供給と増殖した微生物の処理に莫大なエネルギーが必要です。しかし,微生物燃料電池における有機物の分解では,嫌気性の微生物が使われるため酸素を供給する必要がなく,さらに微生物の増殖も少ないため,水処理に要するエネルギーを大幅に削減することが可能です。

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