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人間特有のモノの見え方をバーチャルの世界で再現

トルソーにCGを投映し,よりリアルな人体模型を開発

 私は学生の頃からバーチャルリアリティ(以下VR※注1)に関する研究を行っていました。もちろん現実の世界にも興味はありましたが,ちょうどコンピューターの性能が良くなり始めた時期で「近い将来,コンピューターの力でバーチャルな空間や物体がよりリアルに表現できるようになるかもしれない」と思い,本格的に取り組み始めました。
 平成10年前後には「人の頭にプロジェクターそのものを載せて投映してみよう」と考えました。ゴーグル型のディスプレイは外の世界と遮断され,仮想世界に入ることができますが,現実の生活空間で歩き回ると,モノに当たり現実に引き戻されてしまいます。ならば頭の上にプロジェクターをつけ,頭が向いた方向にあるモノにバーチャル画像を重ねて見ることができないだろうかと考えたのです。
 しかし実際に頭につけるには軽量化などさまざまな問題をクリアしなくてはなりません。そこで,ある特定のモノにバーチャル画像を投映しようと考えました。現在は退職された医学部の高橋優三教授と共同で,医学用教材のバーチャル解剖模型(以下VAM※注2)を研究することにしたのです。臓器のCGをトルソー※注3に投影することで,実物の存在感の助けを借ります。そうして,まるで皮膚が透けたように骨や内臓が立体的に見えたり,本物のように動く様子を再現することに成功しました。


人間特有のモノの見え方をCGとセンサーで再現

手にする機器の穴を片目で覗くと,
より立体的なCGが見える。
センサーが見る人の位置を感知し,
適した映像が現れる仕組み。

 実は,現実の物体にバーチャル画像を投影し,その見え方を正確に表現することは大変なことです。なぜなら人間は,脳の中に作られた映像体験を通してモノを見ているためです。例えば,2つの目でモノを見る時,無意識のうちに自分がどう動いているかを感じながら見ています。つまり,自然に自分の動きや向きと組み合わせながら,自分の見たいモノを見ているのです。これを「自己運動視」と言います。反対にモノを動かして見ることで立体の形を理解することを「物体運動視」といいます。VAMはその2つの運動視の機能を組み込んで作り出しました。トルソーを前後にひっくり返すと,センサーがその動きを察知して背骨越しの内臓が見え,また見る人が前後左右に動くことで,本物のように内臓の上面や側面が見える仕組みを施し,よりリアリティを高めたのです。
 昨年度は手持ちのレーザープロジェクターで,より奥の臓器を見られるようにするなど,操作感に関する開発にも注力しました。また,人頭模型とプロジェクター2〜3個を用いて多方面から画像を映す研究も進めています。
 この研究の難しいところは,CGの見え方と見せ方,つまり人間の知覚特性と演出方法を熟知しておかなくてはならないところです。例えば人の頭は球体なので,フラットな人体よりCGの見せ方が難しいなど,研究を重ねて理解していく必要があります。

医学や産業での実用化に向けてコンテンツを考える人が必要

 医学分野のVAMを最初に手がけた理由は,学び自体が高度であることと,要求水準の高いものを作りたいという思いからでした。しかし実際の医療の現場では,看護や介護などの病院職員の教育のほうが大変です。短期間に知識を詰め込まねばならず,その教育方法も医学部よりうんと分かりやすくしなくてはなりません。決定的なのは解剖実習ができないことです。その解剖実習に変わるものとしてVAMを使うことは大変有望だと思います。
 現在,中部学院大学との共同研究で老人介護の誤嚥(ごえん)防止に関する教材用のVAMを手がけています。顎の反射や筋肉の構造,メカニズムを学ぶVAMを作ることで,より実践的な教育につながると考えています。医学教育は今,シミュレーション教育を導入する段階に入りつつあります。例えば救急医療における周辺装置のVAM,あるいは手術シミュレーターなどさまざまな場面でVAMが応用できる日もきっと来るでしょう。
 また別の分野での実用化も研究しています。実際に今,大垣市の企業「シンテックホズミ」では我々のVAMの技術を用いた体感型3Dコンテ ンツ「Vrem(ヴィーレム)」※注4を共同開発しています。視点を変えたり模型を動かすことで,さまざまな角度から映像をより立体的に見ることができるコンテンツを作り,車や住宅メーカーなどにプロモーションを行っています。
 こうしたVAMの技術をもっと社会で実用化させるためには,コンテンツを作る人がいないと難しいのも現状です。例えば医学教育の場合,単なる臓器のCGではなく,それをどう医学の現場に取り込んでいくか,あるいは産業界であればエンジンのCGを使って設計にどう役立てるかということを考える人が必要なのです。我々の技術移転だけではなかなか実用化を仕掛けるのは難しく,きちんとコンセンサスを取ってくれる中間的なビジネス主体も必要になると思います。
 さまざまな問題がありますが,あらゆる業界での実用化に向けて今後も頑張っていきたいと考えています。


  • 注1:VR...バーチャルリアリティの略。CGや音響などを利用して人間の視覚や聴覚に働きかけ,空間や物体,時間に関する現実感を人工的に作り出す技術
  • 注2:VAM...バーチャルアナトミカルモデルの略。バーチャル解剖模型
  • 注3:トルソー...人体の胴体部分の模型
  • 注4:Vrem...バーチャルリアリティエンベデッドモデルの略。見る人の視点や模型の位置に応じた立体映像を投影する体感型3Dコンテンツ。シンテックホズミと共同開発

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「バーチャルの不思議」を木島准教授に聞きました。

Q.現代の3Dの最先端とはどんなものでしょうか?

A.日本では昭和60年の国際科学技術博覧会(つくば科学万博)の頃に「3D映画」のブームが起こり,近年,それが再来しています。また,建物などにCGを映し出す「プロジェクションマッピング」も注目を集めています。特に東京駅がリ ニューアルした時に行われたものが話題になりました。ある玩具メーカーはスマートフォンにアプリをダウンロードすると,小さな箱の中に描かれた東京駅にプロジェクションマッピングが映し出されるおもちゃを開発し,評判を呼んでいます。実際の空間と仮想空間をオーバーラップさせるプロジェクションマッピングは,見ている人を感動させる不思議な魅力がありますね。

Q.人の目はどんな仕組みでモノを見ているのですか?

A.よく「人の目はカメラ」といいますが,それは違います。人はモノを見た記憶や体感によって脳の中に映像体験が作 られ,その映像体験によってモノを見ています。つまり知っていることや見えるようなモノしか見ていないのです。逆に今までに出会ったことのないモノや得体の知れないモノは見えない仕組みになっています。

Q.立体映像や3Dはどのような仕組みで見えるのでしょうか?

A.「両眼視差」という人の目の仕組みを使っています。右目と左目に少し異なる情報を与えることで奥行きや広がり ができる仕組みです。例えばある絵を赤いペンと青いペンで書き分けた場合,赤いセロファンを通して見ると青い部分しか見えず,青いセロファンなら赤い部分しか見えません。この働きによって立体感を作り出しています。こうした立体視を研究する人は多くいますが,私のように運動視に着眼する研究者はそれほどいません。

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研究を支える学生たち

医学教育や産業界で役立つ
この技術の可能性や将来性を実感

 現在,2~3台のプロジェクターを用いてトルソーなどの実物にCG画像をまんべんなく投影する三次元ディスプレイのシステムを研究しています。特に明るさに着目し,よりCGの画像の品質を上げることに力を注いでいます。トルソーなどのモノには曲面があり,光の角度によって明暗があります。一方で人の目は暗い部分はより明るく見ようと自然に補正するため,スクリーン上の輝度(きど)と人間が感じる明るさに違いが生じます。最初は苦労しましたが,今は違いをどのように克服し,均一の輝度を実現することができるかというところに面白さを感じています。
 また今,中部学院大学と共同で人頭模型を使って嚥下(えんげ)の仕組みを表現するVRを開発していますが,今後はシリコンなどで人肌の触感を再現し,模型にも動く仕組みを施して,CGの嚥下の動きと連動するものも開発していきたいです。これらを通して,医学教育や産業界で役立つこの技術の可能性や将来性を改めて実感しています。


使い手が自由に見たい部分を見られる
手持ちのプロジェクターの視覚効果を研究

 私は手持ちのプロジェクターで自由な位置からCGを投影する新たな操作方法を,使い手の操作感も考慮しながら 研究しています。具体的には,1台は定位置,もう1台は手持ちのプロジェクターの2台でCGを投影する場合,自由に動かせる手持ちのプロジェクターで映す部分に,どのようにしたらより視覚的な効果が与えられるか,という検証などを行います。例えばVAMであれば,手持ちのプロジェクターではもっと奥行きを感じる内臓のCGを投映します。そのCGの周囲に黒い枠をつけることで,より見やすく目立たせる効果を生み出す,というようなことです。こうしたVRシステムの研究はまだ珍しく,展示会でも多くの人が興味を持って見てくれるところにやりがいを感じています。
 また将来的にはこのシステムを活用し,例えば大きなプロジェクションマッピングの興味ある部分だけを手持ちのプロジェクターで細かく見ることができる,というようなことができればと考えています。

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