大学案内

先輩の声 volume 01

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社会人になった時に
大きく羽ばたくためには
基礎研究に邁進するとともに
右脳を鍛えることが肝要。



パイロットインキ株式会社 元取締役社長
1966年工学部卒業

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PROFILE
三重県四日市市出身。岐阜大学工学部を卒業後、昭和41年にパイロットインキ株式会社へ入社。約30年かけて、"消せるボールペン"「フリクショ ン」を開発。その世界累計販売本数は37億本を超える。同社社長、会長を歴任し、平成28年に退職。現在は、令和4年に開催された「岐阜大学同窓会連合会の集い」で講演を行うなど、その経験を後進に伝えている。

恩師から教わった実験のいろはが その後の研究開発の礎に

 高校生の頃、建設中の四日市コンビナートを見て、その美しさに惹かれて化学を学びたいと思いました。岐阜大学に進学したのは、赤本に「大学から金華山が見え、その裾には長良川の清流が...」と書かれていたのを読んで、そんな環境で学んでみたいと思ったからです。高校生ですから単純な動機でした(笑)。
 在学中の思い出といえば実験です。卒論教官の平林先生から「実験で使ったビーカーは内側だけでなく、外側もしっかり洗うように」と指導を受けるなど、実験のいろはを徹底的に教わりました。これによって実験に対して自信を持てましたが、自分は社交性がなく、世情にも疎いので、研究職としてやっていきたいと考えていました。ですから、卒業後に私が会社経営をしていると聞いて、耳を疑った学友もいたと思います。

大事な局面でいい人に出会え,チャンスをつかむことができた

 卒業して就職したパイロットインキ株式会社は、筆記具メーカー。技術開発に携わってはいましたが、担当は玩具など傍流のものばかり。ですので、主力事業のような人員も予算も設備もありません。しかし、自分たちの食い扶持は自分たちで稼ぐという覚悟はありましたので、仲間とともに市場開拓や契約交渉、さらには特許訴訟まで全てやりました。苦労の連続でしたが、仲間たちと何百もの商品を開発するなかで技術力が確実に上がりました。傍流の荒波が自分たちを成長させてくれたのです。
 社会人になって転機となったのは、尊敬する上司の一言でした。27歳の頃、2年ほど毎日遅くまで研究しても成果が出なかった時、当時の取締役開発部長から「もうそろそろ大きな仕事をしていい頃だな」と発破をかけられました。今思うと、それは「そろそろ成果を上げないと駄目だ」という叱咤だったかもしれません。いずれにしても、ポジティブな声掛けをされたことで私は俄然やる気が出ました。そして、その1カ月後には熱によって変色する組成を発見し、「フリクション」の原型となる熱変色インク「メタモカラー」の開発に成功したのです。この経験から経営者になった時も、できる限りポジティブなニュアンスで従業員とコミュニケーションを取るよう心がけました。岐阜大学を卒業する際に平林先生が「君の研究に立ち向かう姿勢は間違っていない。自信を持ってやりなさい」と送り出してくださったことが自分の活力になったように、前向きな言葉には不思議な力が宿るのだと思います。

研究力にひらめきや感性が伴って,新しいものを生み出せる

 振り返ると「フリクション」を開発できたのは、学生時代に基礎を身に付けるとともに、感性を大切にしていたからだと思います。「メタモカ ラー」の開発は、緑の葉が一夜にして紅葉に変わるさまを試験管の中でも再現したいと思ったのが出発点。ここから温度変化でインクの色を変えるという新しい発想が生まれました。マーケティングの世界では「千三つ」といって、1,000の案件のうち3つしか成功しないといわれますが、商品開発は技術力に感性やひらめきといった右脳的な感覚が伴わないとうまくいかないと感じています。
 研究は基礎こそ重要。基礎をしっかり学んだ研究者の方が将来的に大輪の花を咲かせます。一見遠回りに見えても、"基礎なくして飛躍なし"です。また、給料をもらってやる研究と授業料を払ってやる研究とでは厳しさが全く違います。学生の皆さんは、基礎を徹底するとともに、在学中にしかできない自由課題の研究をしっかりやっておくことが、社会人になった時の大きな飛躍につながるはずです。

物事を簡単に諦めず やり抜く気概が大切

 「フリクション」は事業化までに約30年を要しています。熱変色インク「メタモカラー」の開発に成功したものの、社内では主力事業の筆記具には応用できないと言われました。それから、冷たい飲み物を入れると絵柄が変わるグラスコップやドライヤーの温風を当てると髪の色が変わる人形など、本当にさまざまな商品をつくりました。そうやって必死に頑張っていたら、ある日、「色が変わるのではなく、ボールペンで消えるインクができないか」という要望があり、そこから「フリクション」が誕生しました。産みの苦しみを感じる期間の方が長かったこともあり、ここまでの成功は想像もしていませんでした。
 やはり、苦難に負けず、やり続けることが大事。人は好きなことは続けられるし、その気になれば何でもできる。私の体験からも物事を簡単に諦めずやり抜く気概が何より大切と思います。

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