糞に含まれるホルモン代謝物から発情・排卵・妊娠を判定。ネコ科絶滅危惧種の保全繁殖に貢献する。
動物に関する多彩な研究を深めることができる岐阜大学。動物保全繁殖学研究室では、動物の糞に含まれるホルモン代謝物の変化を分析し、繁殖に役立てる研究をしています。成果は名古屋市東山動植物園のツシマヤマネコの繁殖をはじめ、ネコ科絶滅危惧種の保全繁殖に活かされています。
動物園と連携し、糞を利用して、動物にストレスを与えずホルモン量を分析。
子どもの頃から動物の飼育や繁殖に興味がありました。動物園実習をしていた大学生時代に糞を使った海外での研究事例を知りました。繁殖には、さまざまなホルモンが関わります。具体的には ①発情期のエストロジェン ②排卵後のプロジェステロン ③妊娠期のプロジェステロンやプロスタグランジンF₂αなどです。例えば血液中のエストロジェン濃度が高ければ、発情期にあった、といった状態を判定できます。しかし、定期的な採血は動物に負担となり、採血者への危険もゼロではありません。一方、糞なら落ちているものを拾うだけで済みます。アフリカゾウやアダックスなどの血液中のプロジェステロンとその糞中代謝物のそれぞれの動態を比較し、糞中が血液中の変化を反映していることを確認しました。いくつかの動物種で、糞からも動物の繁殖生理状態について推定できると分かったのです。
その後、動物園からの相談が増え、哺乳類や鳥類などの幅広い種を対象に研究を続けています。トラやヒョウ、ツシマヤマネコなどのネコ科動物は、注力している動物群のひとつです。ネコ科には多様な種があり動物園でも人気が高い一方で、絶滅危惧種の多いグループです。研究の目標は、繁殖生理の特性を明らかにすること。種によって異なる繁殖季節や排卵様式、妊娠中のホルモン変化を明らかにし、その結果を使って各個体の状態判定に役立てています。
例えば、ほとんどのネコ科動物は単独性のため、野生の場合と同様に、動物園でも普段はオスとメスを分けて飼育し、発情期に同居させます。イエネコは発情期には普段と異なる大きな声で鳴いたり特徴的な行動を示したりしますが、同じネコ科でもそうした明らかな兆候がない種が多く、飼育員がいつもと違うささいな行動などから注意深く判断しています。判断を誤って同居させると、逃走や死傷事故の原因となります。そこで、糞中のホルモン代謝物の分析結果と合わせながら、より確度の高い判定を行うことで、事故の防止につなげようとしています。
また、一定周期で排卵が起きる有蹄類やヒトと違い、ネコ科動物は基本的に交尾の刺激によって排卵します。ところが、交尾したように見えても実際には交尾刺激がなく、排卵が起きないことがあります。交尾行動に加えてプロジェステロンの上昇を確認できれば、交尾があった可能性の証拠となり、動物園は妊娠判定へと段階を進められます。逆に上昇していなければ、排卵していないため次の発情期に再びペアリングを行う判断ができるのです。
希少動物の赤ちゃん誕生、それが研究のモチベーション。
ネコ科動物の中でも、ツシマヤマネコは個体数の減少が著しい日本の絶滅危惧種です。種の保存法に基づく保護増殖事業が進められています。十数年程度の寿命のうち、妊娠出産できる年数は半分ほど、繁殖季節も限定されています。日本の野生動物なので、私たちが繁殖生理を徹底的に調べ、確実に子孫を残さねばならない責任があります。絶滅危惧種の繁殖に関わり、また保護増殖事業の中で日本動物園水族館協会が行う生息域外保全に関われることに意義を感じています。連携先のひとつである名古屋市東山動植物園では、飼育員や獣医師によってホルモンデータがしっかり活用されています。2016年からほぼ毎年妊娠に至り、2021、2023、2024年には赤ちゃんが無事誕生し成育しています。
他のさまざまな動物種に関しても多くの繁殖に関わってきた中で、繁殖が難しいペアの問題解決にも取り組んでいます。これまで相性の問題と片付けられていたことでも、ホルモン動態の分析により生理状態の異常ではないかなど、真因を明らかにすることで対処できるのではないかと考えています。ホルモン代謝物をより正確にまたは簡易に検出できる試薬の開発にも、企業や動物園と共同で取り組んでいます。
研究資金の壁には苦労し続けてきました。その解決のために挑戦した2023年度のクラウドファンディングが成功し、その後、高価な試薬をまとめて確保でき、当面の見通しが立ちました。その過程で、近い分野の研究者や妊娠検査薬メーカー、3D標本レプリカ製作会社といった企業ともつながりができました。私たちの研究の最終的な目標は、繁殖生理を明らかにして、動物園での繁殖につなげ、保全に貢献すること。学生にも「何のための研究なのかを常に意識する大切さ」を話しています。動物園で誕生した動物の子どもを見られる、ワクワクする光景に関われることが最大のモチベーションです。絶滅危惧種の域外保全に関わることができ、生物多様性保全に貢献できることをありがたいと思っています。