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"粉を操る達人"カブトムシ幼虫から学ぶ粉体技術-機械学習を使った幼虫糞形状からの雌雄分類-

※掲載内容(役職名,学年など)は取材時のものです。(現在と内容が異なる場合があります。)

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息子とカブトムシを育てたことが研究のきっかけになりました。

 私は「粉体工学」と呼ばれる分野に興味を持っています。身の回りには粉状(例えば小麦粉)、液状(例えば飲料)、バルク状(例えば食器)などいろんな形で「粉」が活躍しています。私は粉を作るための技術や、粉の性質を調べるための方法、粉の有効な使い方などについて研究を行っています。

 コロナ禍において職場や保育園が閉鎖になったとき、工学系研究者としての私は果たして、この世の中に貢献できることはあるのかと、半ば絶望的な気持ちになりました。そんなとき「せっかくだからおうち時間を楽しもう」と自宅で飼育していたカブトムシ幼虫を観察していました。

02.png  以前はリアルな虫のおもちゃに悲鳴を上げるほど昆虫が苦手でしたが、息子と図鑑で飼育方法を調べたりするうちに愛着が湧くようになりました。幼虫は木のチップを発酵させた飼育用マットを強靭な顎で砕いて食し、お尻から俵状の糞を出します。マットの中に糞が目立つようになったら交換時期ですが、「まだ使えるマットごと捨てるのはもったいない」と思い、ふるい分けすることにしました。形や大きさがふぞろいなマットがふるいの下に落ちていくと、形や大きさのそろった糞が姿を現します。がさつな私が乱暴にふるっても、糞は壊れることはありません。顎で粉砕したマットの微粉を原料にして腸内で形を整え、体外に排出する幼虫は、まさに粉体技術を使って糞を作る"粉を操る達人(虫)"だと思いました。目視では糞の見た目に雌雄差はありませんが、糞の形が決まる後腸付近に生殖器があると言われていることを考えると、「糞の形には雌雄差があるのでは?」と考えるようになりました。[図1]

 折しも、同業者の夫(名古屋大学 山下誠司助教)が機械学習を始めたところで、品質工学でよく使われているマハラノビス・タグチ(MT)法の存在を教えてくれました。人の目では見つけられないような微小な違いを見いだすのに長けた方法であるとのこと。それなら、もしかしたら、幼虫の糞の形に雌雄差があるかどうか分かるかもしれない、と一緒に取り組むことに。MT法は複数の変量データ間の相関関係を基準にしてパターンの違いを認識し、分類する手法で、分類したいサンプルの中から任意のグループを基準として選択し、評価データとのパターンが似ているか・似ていないかを、異常値率が小さい・大きいで評価し、分類します。具体的には、20匹の幼虫が出した糞を並べて撮影し、画像解析ソフトを使って糞の大きさや投影面積、周長など糞の形状を表す特徴量データを蓄積していきました。その中の任意の一匹を基準として選択し、残りの幼虫の異常値率を算出します。雌を基準として選んだ場合、異常値率が小さければ、データパターンが似ていることになるので雌、大きければ雄というふうに分類していきます。

03.png  どんな特徴量を使っても分類できるわけではありません。雌雄の分類に寄与しない特徴量もあるからです。分類精度を上げるために、原因分析という手法を使って分類に寄与する特徴量のみを抽出していきます。今回は、糞の表面粗さに由来する特徴量がそれに相当することが分かりました。そして、この特徴量を使えば、糞の形状だけで100%雌雄に分類することができました。夫も私も、まさか本当に糞の形だけで雌雄分類できると思っていなかったので、興奮のあまり家で小躍りし、息子に白い目で見られましたが、仮説が実証されたときの感動は何にも代えがたく、研究は改めて面白いと実感しました。そして、粉を操る達人のカブトムシに習い、粉体材料の魅力を最大限引き出すことができる構造の分類へと応用していきたいと考えています。
 この成果は、Advanced Powder Technology誌にオープンアクセスで掲載されていますのでご興味持っていただけたらぜひご覧ください※1。岐阜大学の公式サイト Glocal Lesson にも関連動画を掲載しています。

※1:C. Takai-Yamashita, S. Yamashita et al., Adv. Powder Technol., 2022. https://doi.org/10.1016/j.apt.2022.103552

ぜひ若い学生の皆さんに研究の面白さを伝えたいです。

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 私は平成19年に博士(工学)を取得後、民間企業、ポストドクター、出産・育児による退職を経て、スイス留学を経験しました。滞在先の研究者は研究以外の活動や趣味も謳歌しており、特に私のメンターのSébastienは日本茶に精通し空手にヨガに音楽にと多趣味でした。当初は3歳の息子を日本に残してのスイスへの単身留学に行くことに迷いもありましたが、現地の研究者たちの姿に「母親だろうとやりたいことをやっていい。私は私らしい研究者を目指していいんだ」と一気に視界が開けました。スイス留学がなければ、カブトムシを研究しようとは思わなかったかもしれません。

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採取したカブトムシ幼虫の糞

 研究とは身近な疑問を解決することの積み重ねであり、そのヒントは意外なところに転がっていることがあります。誰もが知っている身近な材料にも新しい発見がきっとあると思うのです。
 ぜひ若い学生の皆さんには、研究の楽しさに触れ、「研究者になる道」を将来の選択肢の一つとして考えてみてほしいです。そのためにも、まずは私自身が研究を心から楽しみたいですね。

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