難病「特発性小脳失調症」への自己抗体の関与を明らかに。治療法確立に向けた臨床試験が進行中。
※掲載内容(役職名,学年など)は取材時のものです。(現在と内容が異なる場合があります。)

原因不明の神経難病。症状を抑えるカギは「悪い抗体」。
私が脳神経内科に進んだきっかけは、研修医時代の「筋萎縮性側索硬化症(ALS)」の患者さんとの出会いでした。その後、市中病院で診療に当たっていた時期には、重症の「歯状核赤核淡蒼球ルイ体萎縮症(DRPLA)」の若い女性患者さんを担当。頻発する激しいけいれんを止める手立てがないまま病状は悪化の一途をたどり、担当を離れて数カ月で亡くなりました。DRPLAは神経変性疾患の中の「脊髄小脳変性症」に分類される病気です。その後、脊髄小脳変性症を一生研究するという当時の決意は変わらず、現在に至ります。
脊髄小脳変性症の一種に、小脳の働きが悪くなってふらつきやしゃべりにくさといった症状が現れる「特発性小脳失調症」があります。徐々に進行する難病で、有効な治療法も見つかっていません。
平成29年に岐阜大学に赴任し、私は同じ脳神経内科の木村暁夫准教授や吉倉延亮講師、竹腰顕助教とのチームで、この疾患の研究に着手しました。提案したのは、「自己抗体に原因があるのでは?」との仮説でした。体内の抗体には、免疫として働く「良い抗体」と、自分自身の細胞を攻撃する「悪い抗体」があります。その悪い抗体=自己抗体が小脳の神経細胞にダメージを与えているのではないかと考えたのです。私の専門分野は変性疾患※1ですが、他の先生方の専門は神経免疫学※2。それぞれの観点から研究した結果、患者さんの血液から健常者にはない異常な抗体「抗mGluR1抗体」を検出しました。
この結果を受け、悪い抗体を抑える効果のある薬剤を使用した医師主導臨床試験※3を行っています。使用するステロイド剤「メチルプレドニゾロン」は、すでにぜんそくや他の免疫疾患の治療に使用されているものです。新たな承認を得る必要がないため、臨床試験で有効性を証明できれば、短期間で使えるようになります。
この研究の過程では、抗体の測定系確立という成果も得られました。脊髄小脳変性症が疑われる患者さんの血液や髄液から、疾患に関与する特異的な抗体を検出・測定する診断に役立ち、全国から相談が寄せられています。異分野の融合によって新しい発想が生まれ、抗体が関与する脳神経疾患に関する研究をリードする存在となったと自負しています。
- ※1 変性疾患 運動機能や認知機能など、特定の機能を持つ神経細胞が障害され脱落して発症する病気。
- ※2 神経免疫学 神経疾患に免疫系との関連性からアプローチする医学の分野。
- ※3 医師主導臨床試験 医薬品メーカーではなく、医師が主導して行う臨床試験のこと。
岐阜大学脳神経内科医による、特発性小脳失調症研究チーム

吉倉 延亮 講師
(病棟医長)

木村 暁夫 准教授
(医局長)

竹腰 顕 助教
得意分野の知識を共有し、
基礎研究により原因を見つけ、
患者の治療に直結する治療法を
見つけていきたいです。
「何としても臨床に役立てたい」が研究チームに共通の思い。

疾患のメカニズムを明らかにする「基礎研究」と、その結果に基づき原因を取り除く、あるいは病状の進行を遅らせる方法を見出す「臨床研究」の間には、従来、大きな隔たりがありました。基礎研究の成果が患者さんに役立つまでの道のりは遠く、歯がゆさを感じてきました。現在の研究チームは少人数ながらも、基礎研究を大切にしつつ、患者さんの役に立つことを目指す医師の集まりです。できるところから確実に成果を出し、岐阜から世界へと発信すべく取り組んでいます。
他にも新型コロナウイルスが失語症を引き起こす「COVID-19脳症」や、近年問題となっている医師の「バーンアウト(燃え尽き)」問題などの研究テーマを扱っています。また、専門医の教育にもチームで注力しています。高齢化に伴い認知症やパーキンソン病などの疾患が増え、脳神経内科のニーズも増す半面、マンパワーは不足していますが、他科と連携するなど治療の裾野を広げるべく努力しています。患者さんと長期にわたって向き合う脳神経内科は、やりがいを持って臨める診療科です。若い医師や医学生にも、ぜひ仲間に加わってもらえたらと願っています。
特発性小脳失調症患者の血液中から、健常者
には認められない異常な抗体を検出した。

健常者のパターン

異常な抗体のある患者のパターン
「脊髄小脳変性症」のうち、「特発性小脳失調症」の患者を対象に、特定臨床研究※を
実施。一般的な臨床試験では、2グループのうち一方にだけ投与するが、この試験では
被験者である患者の利益を損なわないようにする倫理的観点から、全被験者に投与。
一方のグループは投与前に、他方は投与後に観察を行うことで、薬剤の効果を検証す
る。(臨床試験は令和4年11月まで募集)

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