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がん細胞の中へと入り込んで、増殖と転移を食い止める。革新的な治療薬候補の開発に成功!

※掲載内容(役職名,学年など)は取材時のものです。(現在と内容が異なる場合があります。)

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タンパク質の専門家として独自のアプローチから生まれた成果。

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 私は研究者を志し岐大医学部に入学、大学院ではタンパク質の立体構造に異常を来すプリオン病の発生メカニズムを研究していました。
 平成29年、テニュアトラック制※1により自分の研究室を持った際、タンパク質を基礎としたテーマに挑戦しようと考えました。ちょうど隣の研究室でがん治療薬や予防法の研究をされている赤尾幸博特任教授とディスカッションしたところ、発がん性のあるRASタンパク質を標的としたがん 治療薬の基礎研究に興味が湧きました。RASタンパク質は世界中で研究されていますが、私ならタンパク質の専門家として独自の視点を活かせる のでは、と考えました。
 RASタンパク質は細胞増殖のオン・オフを切り替えるスイッチの役割を担います。正常細胞にも存在しますが、約30%のがんでRASタンパク質の変異でスイッチオンのままとなり、がん細胞が増殖し転移が起こります。それを食い止めるのは、オンのままのRASタンパク質に結合する「RAS阻害剤」です。
 特定の分子を狙う分子標的薬は、一般に低分子化合物が使われ、標的タンパク質の表面にある小さな凹みにピッタリはまり不活性化させます。ところがRASタンパク質の表面には、凹みがありません。そこで考えたのが、高分子のタンパク質でRASタンパク質より大きなRAS結合ドメイン(RBD)をつくり、その凹みでRASタンパク質を捕らえる方法です。それにはRBDが細胞の中に入り込む必要があります。
 調査を進めて浮かんだのが、「細胞膜透過性タンパク質」を多数合成するというアイデアです。過去の研究論文に、ユビキチンというタンパ ク質に細胞膜透過性のあるペプチド※2を結合させると、タンパク質ごと細胞膜を透過したという報告がありました。RBDはユビキチンと似た構造のため、同じようにペプチドを使って、細胞の中に入れられるのではないかと考えました。
 実現するには、タンパク質を合成し精製して細胞に投与する、という難易度の高い実験が必要です。そこが私の専門性を発揮できる過程でした。先行研究の論文を調査して、RBDを11種類、細胞膜透過性ペプチドも12種類を選定。それらを組み合わせたタンパク質を合成し、がん細胞にふりかけ評価すること半年、計51通りを試した結果、RASタンパク質を抑制する3種類のRAS阻害剤を開発しました。

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今回開発されたRAS阻害剤Pen-cRaf-v1と過去に報告されたも
のとの比較。複数の変異型RASタンパク質にも阻害作用を有す
るという優位性が明らかとなった。
【用語解説】
  • ※1 テニュアトラック制
    博士号取得後10年以内の若手研究者を対象に、自分の研究室を持ち5年の任期で経験を積む制度。公募により選考され、任期終了後の安定した雇用が前提。
  • ※2 ペプチド
    2個以上のアミノ酸がペプチド結合によって形成された化合物。アミノ酸が数十個以上結合したものがタンパク質。

競争が激しい分野をひっかき回し、世界を変えるような研究成果を。

 過去に報告されている低分子化合物の阻害剤は、凹みのないRASタンパク質に弱くしか結合できず他のタンパク質にも結合するので、狙った以外の作用をしてしまいます。私が開発したRAS阻害剤の優れた特性の一つは、RASタンパク質を抱え込んで強く結合し細胞増殖スイッチをオフにする高い「阻害性」。もう一つは、RASタンパク質だけを選んで結合する「特異性」。二つの特性を実現できたのは、タンパク質という高分子だからこそでした。
 研究は、開発した3種類のうち最も細胞膜を壊さず透過できる1種類に絞り、マウスでの評価段階に進んでいます。がん細胞への実験ではRASタンパク質を阻害しましたが、マウスではまだ確認できていません。体内で分解されてしまうのか、尿と一緒に排出されてしまうのか、などの原因を突き止め、生体でRAS阻害ができるよう改良が必要です。スイッチがオンで増殖の信号を出していれば、正常細胞のRASタンパク質とも結合し副作用につながる点も課題です。RAS阻害剤は変異したRASタンパク質だけに結合しなければなりません。既存の分子標的薬のデータから、投与量によりある程度正常細胞への作用も許容できると考えていますが、より軽減できるよう改良が必要です。

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低分子化合物による分子標的薬は、一般的には、タンパク質表面のポケット状の凹みにぴったりはまって不活性化
するが、RASタンパク質の表面はツルツルした形状。そこで逆に、大きなタンパク質のポケットでRASタンパク質
を捕らえるのが、本田准教授の研究アイデア。

 RAS阻害剤は創薬が難しいとされ、細胞からマウスという生体へ、最終的には臨床で活用できるように、治療薬として評価する予定です。大きな壁が立ちはだかりますが、まずは目の前の壁に全力で挑みます。基礎研究から立ち上げた薬の効果を確認できたら、本当に幸せでしょうね。
 「競争の激しい分野に飛び込んだからには、オリジナリティを活かして、ひっかき回してやろう」と。異分野からの新規参入にも、今回の成果で新たな支援を得、研究環境が充実しました。自分たちにしかできない世界を変えるような大きい仕事をしたいと思っています。


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