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ストレスで男性は下痢、女性は便秘に。排便異常に性差があるのは、神経伝達物質が原因であることを発見。

※掲載内容(役職名,学年など)は取材時のものです。(現在と内容が異なる場合があります。)

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世界でもこの研究室だけの着眼点、神経伝達物質の性差がカギ。

 獣医師を目指して岐阜大学の獣医学科に入学し、卒業後は北海道大学の博士課程へ進み、修了後はそのまま研究の道を選びました。以来「痩せの大食い」に関係する褐色脂肪細胞や人工冬眠に関する研究をしてきました。テーマは多様ですが、どれもヒトや動物に共通した「生理学」の分野です。ヒトも動物も臓器や組織の機能に大差はなく、動物を使って体の機能をあぶり出す生理学の研究は、人体メカニズムの解明につながります。
 今回の研究の発端は、私の研究室に在籍していた過敏性腸症候群(IBS)※1を患う女子学生が自身の経験から「女性は下痢より便秘になりやすいという性差」について、卒業研究をしたいと相談されたことでした。
 私自身は、これまでの経験から排便の調節機序に性差は無いと考えていました。しかし、ラットを使って実験を行ったところ、思いがけない結果となりました。「ストレスで、メスは便秘、オスは下痢になりやすい」ことが明らかになったのです。
 腸の内部には、「第二の脳」とも呼ばれる発達した神経系があり、食べたものの量や組成に合った動きや酵素の分泌を、自身が考えて調節します。このメカニズム自体に性差はありません。私はこれまでに、ドーパミンやセロトニンをマウスの脊髄に投与すると脊髄排便中枢が刺激され、大腸が動くことを確認しています。これらの物質は痛みに応答して分泌されるため、ラットの大腸に唐辛子などに含まれる辛味成分カプサイシンで痛み刺激を与える実験を行いました。その結果、オスでは大腸運動が促進されますが、メスでは促進されないことを確認しました。
 IBSは脳で感じたストレスが原因であり、脳が関与するのではないかと考えられます。体に痛みが発生すると痛みの信号が脊髄から脳へ送られ、痛みを緩和するために脳から脊髄へ下行性疼痛抑制経路を通じて神経伝達物質が供給されることに着目し、実験を行いました。その結果、この神経伝達物質の成分がオスとメスで異なり、そのために排便調節の働きに性差があることを発見したのです。オスでは神経伝達物質の成分であるドーパミンやセロトニンの働きで大腸の運動が促進され、メスではドーパミンが働かずセロトニンとGABAが働き、大腸の運動が促進されないことを確認しました。GABAは神経活動を抑制しますので、IBSではGABAの作用がセロトニンの作用を打ち消して便秘を誘 発していたのです。このことにより男性には下痢が多く、女性には便秘が多いという排便異常の性差の一端が解明でき、IBSの病態解明に近づくことができました。
 では、なぜ女性はGABAが強く働くのでしょうか。女性には大腸がある骨盤内に子宮があり、出産の痛みに耐えられるよう卵巣ホルモンによってGABAの働きが強化されていると推察できます。卵巣を除外したメスのラットはオスと同様の反応を示しました。男女の反応の違いには意味があるのです。

【用語解説】
  • ※1 過敏性腸症候群(IBS=Irritable Bowel Syndrome)
    ストレスによってお腹の不調が慢性的に続く病気。ストレス社会を反映して急増している。致命的な病気ではないが、試験の前にお腹が痛くなって勉強が手につかなかったり、下痢が怖くて旅行やレジャーを我慢したりと生活の質が損なわれる。
  • ※2 脳腸相関
     脳と腸がお互いに密接に影響を及ぼしあうこと。

睡眠障害やうつなど、IBSに伴う多様な症状の解消につなげたい。

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 IBSには下痢型と便秘型の他に、下痢と便秘を繰り返す混合型と呼ばれる病態があります。今回の研究では、オスのラットの精巣を除去して女性ホルモンを注射するとGABAが強く働くことも判明しました。生まれてからずっと一定ではなく、ホルモンなどさまざまな要因によって、供給される神経伝達物質の強弱が変化するのです。そのメカニズムを明らかにし、IBSのさらなる病態を解明することが今後の課題の一つです。
 IBSの患者の多くが排尿異常や睡眠障害、うつといった症状を併発しています。この研究成果の発表後、精神科の医師から「抗精神薬を使う患者は、高い確率で激しい便秘に悩んでいる」と教えられ、脳から末梢臓器への影響にも関心を持っています。大腸の痛みの発生をスタートに、信号が脳を介して臓器間に伝わることで精神活動に影響が出るのではと考え、そのメカニズムの解明に取り組んでいます。
 脳と腸の間には「脳腸相関※2」があると言われていますが、下行性疼痛抑制経路を通じて供給される神経伝達物質を切り口とした腸へのアプローチは、世界中で私の研究室だけ。絶対的な優位性があると自信を持っています。本来の目的はIBS病態の性差の解明ですが、研究を進めるほどにIBSの病態解明に貢献したいという思いが強くなりまし た。IBSそのものの認知が広がることで、IBSで悩んでいる方が周囲から誤解されることを減らしたいですし、男女や年齢・病歴の違いに応じて、IBSとそれに伴う睡眠障害やうつの症状をまるごと治せるオーダーメイド医療につなげられたらと思っています。

脳から脊髄に放出される神経伝達物質と大腸運動作用の性差
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ラットの大腸内の痛みが脳に伝わると、脳から脊髄に下行性疼痛抑制経路を通じて痛みを緩和する神経伝達物質が供給される。この神経伝達物質の成分がオスとメスでは異なっており、脊髄排便中枢による排便調整の働きに性差があることを発見した。オスではドーパミンやセトロ二ンの働きで大腸運動が活発になり下痢となる。メスではドーパミンが働かず、GABAの働きでセトロニンによる大腸運動の促進効果が打ち消され便秘となる。オスにもGABAは供給されるが、活性化されないので影響が無い。

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