大学案内

バラの切り花は、もっと大きく咲ける! 農産物としての価値向上を目指し、 植物に秘められた能力を引き出す。

※掲載内容(役職名,学年など)は取材時のものです。(現在と内容が異なる場合があります。)

01.jpg

糖代謝をどのように操るかが、大きく咲かせるためのカギ。

 花束と聞くと多くの人がバラを思い浮かべるでしょう。それほどメジャーなバラですが,暑さでしおれやすいなど課題も多く,研究のしがいがある花でもあります。私がバラの研究を始めたのは,今から20年ほど前のこと。博士研究員として着任した農林水産省の試験場で,上司が専門としていたのがバラだったことから,この研究が始まりました。
 お店でバラを買うと,鮮度保持剤が付いてくることがあると思います。実はあの中には,糖と抗菌剤が入っているのです。当時,糖にバラの切り花を長持ちさせ,よく咲かせる効果があることを上司が突き止めました。そこで私はそのメカニズムの解明を,糖の代謝や遺伝子発現といった面から試みました。判明した開花メカニズムは,「花びらで糖の代謝(変換)が進むと,花弁細胞への糖の取り込みと水の吸収によって蕾が膨らみ,開花する」というものでした(図1)。
 この研究成果に基づいて現在取り組んでいるのが,バラの切り花をより大きく咲かせる研究です。切り花は蕾の状態で収穫され,飾っている間に徐々に開花し,やがて満開を迎えます。ところが同じ満開でも,切り花は樹上のバラと比べて小さいのです。そこで本来バラが持つ,大きく咲く能力を最大限に引き出したいと考えました。
 大きく咲かせるためのカギは,開花メカニズムのうち,花びらの糖代謝をいかに促進するかにあります。考えられる方法は2つ。1つは,花びらにある酵素「インベルターゼ」を活性化すること。切り花は樹上のバラと違い,糖代謝を促すインベルターゼの活性が弱いことが明らかとなりました。そこで切り花に,インベルターゼを活性化させる植物ホルモン「オーキシン」を与えれば,バラを大きく咲かせることができるのではないかと考えています。もう1つは,光を利用することです。光の波長(=色)は,花の成長速度に影響します。例えば,赤色の光を照射すると,バラの開花速度は遅くなります(図2)。そのため,光は花の生理的代謝に何らかの関連性があり,それを利用すれば開花速度をコントロールできると想定しています。
 現在,「糖」に加えて「オーキシン」と「光」を切り花に与え,開花の際の糖代謝に関わる遺伝子発現や酵素活性・糖組成について,経時的変化を分析しています。しかし,どれか一つの要素で課題が解決するほど単純ではありません。例えば,光を照射すれば葉で光合成が起き,糖が産生されますが,その大部分は葉にとどまり,花びらには届きません。生け水に過剰に糖やオーキシンを与えた場合も,その多くは葉に蓄積してしまい,薬害が出てしまうのです。そのため,生け水からではなく,ミスト状にして花びらに直接オーキシンをスプレーするなど,新たな方法を開発し,複合的なアプローチを行う必要があると考えています。

図1.バラの開花メカニズム
03.png
研究で明らかになった、バラの開花メカニズム。花びらにおける糖代謝(変換)が進むと、花弁細胞内に糖が引き込まれ、蓄積する。すると浸透圧が上昇し、細胞壁に緩みが生じて水が流入することで、細胞が肥大成長し、開花する。
図2.光の波長(=色)と開花速度の関係
04.png
光の波長によって、バラの開花速度が変化することを発見。このことから、光の波長が花びらの生理的代謝に関係していると考えられる。特に赤色LEDでは開花スピードが遅くなるため、輸送時や保管時の開花抑制に利用できるのではないかと期待される。

「いかに産業に役立てるか」が農学研究者の使命。

02.png

 現在の研究目標は「大きく咲かせる」ことですが,以前に私が目指したのは,切り花を「長持ちさせる」ことでした。花瓶に生けてから満開になるまでの期間が長ければ,消費者は長く楽しめ,満足度が高まると考えていたのです。しかし,花は満開になる前にしおれてしまう可能性もあります。私はバラ生産の盛んな岐阜県大野町や瑞穂市の生産者と交流する中で以前,「たとえ開花スピードは早くても,確実に大きく咲く方が,消費者の満足度は高く,購入の動機につながるのではないか」という声を聞きました。その時,改めて自分の研究を見つめ直し,現在の目標が定まったのです。
 「農学の研究は産業のためにある。研究のための研究ではない」。これは,本学の副学長であり園芸学研究室の前任者である福井博一教授の言葉です。農学研究者の使命は,産業に役立つ成果を出すこと。それには「現場を知り課題を発見する」,「科学的にメカニズムを解明する」,そして「いかに応用するか」。私はこの3段階のどれ一つも欠かしてはいけないと,常に強く意識をしています。
 バラの切り花を大きく咲かせることが可能になれば,消費者の満足度が上がるだけでなく,蕾が小さい状態で収穫・出荷ができるため輸送中の損傷も減らせ,一層,バラの価値が向上するでしょう。消費者と生産者の両方に喜ばれる技術の確立を目指し,これからも研究を続けていきます。

アイコンの詳細説明

  • 内部リンク
  • 独自サイト
  • 外部リンク
  • ファイルリンク