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パソコンの中で化学実験を行い、幅広い分野の研究に貢献。新しい量子化学計算プログラムも開発。

※掲載内容(役職名,学年など)は取材時のものです。(現在と内容が異なる場合があります。)

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パソコン上で物質の化学反応をシミュレーションしています。

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 私が研究しているのは,パソコン上で物質の性質や反応をシミュレーションし,化学現象を明らかにする「量子化学計算」という分野です。
 化学の実験というと,白衣を着た研究者が,試験管やフラスコに試薬を混ぜて...というのが一般的なイメージだと思います。ところが,私たちの研究室では,こうした実験器具は一切使いません。パソコンに向かって作業を行うのが普段の光景です。
 量子化学計算で取り扱うのは,「分子」です。分子はいくつかの原子が集まったもので,原子は,原子核と電子で構成されています。原子核は,電子に比べて非常に重く,電子が運動するタイムスケールではほとんど動きません。そのため,電子がどのように運動しているかが分かると,その分子の性質を理解することができるのです。電子は,「シュレディンガーの波動方程式」と呼ばれる量子力学の方程式に従って運動します。そこで,この方程式を解けば,分子を実際に取り扱うことなく,その性質や反応を調べることができるというわけです。ただ,この方程式は非常に複雑であり,ほとんどの場合で正確に解くことができません。そこで実際には,様々な近似を用いて計算をうまく単純化し,コンピューターを活用して近似解を求め,分子の性質を調べていきます。
 今では量子化学計算は,化学反応を理解するために欠かせない「ひとつの実験器具」としての地位を確立しています。1970年代頃には量子化学計算用のソフトウェアが開発され,1990年代中盤になると,「密度汎関数理論」という方法が実用化されて,少ない計算時間で精度の良い結 果を得られるようになったことで,研究者の間で爆発的に広まりました。さらに普及を後押ししたのが,近年のコンピューター性能の目覚ましい進歩です。高性能のパソコンが安価で手に入るようになり,私たちのような専門家だけでなく,化学実験を行う研究者の間でも量子化学計算を結果の検証や実験前の予測に使うことが非常に多くなったのです。
 実際の実験では,毒性が強いもの,壊れやすいものなど,取り扱いが難しい分子は少なくありません。また,化学反応の過程で一番エネルギーが高い状態(遷移状態)は化学反応を理解する上で極めて重要ですが,この状態は不安定なため,やはり実際の実験で観測するのは困難です。その点,量子化学計算であれば,現実では取り扱いが難しい分子の性質や状態の変化なども,シミュレーションで細かく調べることが可能です。
 量子化学計算の欠点は,計算条件を間違えていても,何かしら結果となる数値が出てしまうことです。実際の化学実験であれば失敗は明らかに目に見えますが,パソコンでのシミュレーションの場合はそうではありません。そのため,コンピューターに任せきりにせず,自分の頭で考えることが大切です。

従来の化学実験における課題
  • 複雑な実験は費用や時間がかかる
  • 最もエネルギーが高い状態などの、化学反応の観測が困難
  • 毒性が強い分子不安定な分子の取り扱いが難しい

量子化学計算を用いてシミュレート

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新たな量子化学計算プログラムの開発

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学内の先生たちと共同研究。新たなプログラムも開発しています。

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 私たちは,量子化学計算という便利なツールを活用することで,岐阜大学内で進められているさまざまな分野の研究に貢献しています。
 例えば過去には,工学部の三輪洋平先生と高分子化合物に関する共同研究を行い,その論文が科学分野の学術雑誌『Nature Communications』に掲載されました。また,生命の鎖統合研究センターの安藤弘宗先生と行った糖鎖に関する共同研究も,アメリカの学術雑誌『Science』で発表されています。このほかにも,無機化学の分野で金属錯体の物性を計算したり,有機化学の反応経路解析をしたりと,さまざまな分野の研究を支えています。
 このように私は,既存のプログラムによる計算によってさまざまな実験を支援する一方で,新しい量子化学計算プログラムの開発にも取り組んでいます。中でも力を入れているのが,重水素原子のような同位体原子を解析する独自の理論「多成分量子力学法」の構築とプログラム開発です。同位体原子の解析については,一定レベルの精度で解析できるプログラムをすでに完成させたのですが,今後はこれまで得た知見を活かし,たんぱく質などの大きな分子の反応を,より効率的に計算できる新しい手法も確立したいと考えています。
 新たな理論の開発はとても難しいですが,困難に直面した時に思い出すのが,かつての指導教官に言われた「やり続ければ,いつかできる」という言葉です。当たり前のことなのですが,なぜか心に強く残っています。今後もこの言葉を胸に,粘り強く研究に取り組んでいきたいと思います。

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