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太陽電池モジュールの発電能力劣化を 簡便・低コストで抑制する方法を発明。

※掲載内容(役職名,学年など)は取材時のものです。(現在と内容が異なる場合があります。)

5年前から電圧誘起劣化(PID)の研究に着手。

 私は学生時代から物理が大好きで,岐阜大学に在学中,材料系の研究室に所属し,半導体に関する研究を始めました。その後,留学を経て岐阜大学で研究員として働くようになり,「人の暮らしに役立つ研究がしたい」との思いから,次世代エネルギーとして注目を集める太陽電池の研究に本格的に取り組むようになりました。
 東日本大震災以降,日本では,政府が再生可能エネルギーの普及を図り,太陽光発電が急速に広がりました。一般住宅向けのみならず,日本各地でメガソーラーと呼ばれる大型の太陽光発電施設が設置されましたが,これに伴い,徐々に顕在化してきた問題が,「電圧誘起劣化」(Potential Induced Degradation:PID)が引き 起こす発電効率の低下です。
 一般家庭の屋根などに設置されている太陽光発電に使われるパネルを「太陽電池モジュール」と呼びます。これは発電を行う結晶シリコン太陽電池(セル)を雨などから守るため,カバーガラスやバックシートで封じ込める構造になっています。ところが,太陽電池モジュールの発電能力は様々な原因により低下することがあります。そのうち,電圧が原因となり発生する現象がPIDです。再生可能エネルギーの導入が進んでいる欧州では,各地にメガソーラーが設置されており,PIDによる発電能力の低下が大きな問題となっています。PIDには,温度や湿度,電圧などの条件が影響しているといわれていますが,発生のメカニズムははっきりと解明されていません。
 PID自体は,以前から知られていました。ところが,PIDが発覚しても,肝心のセルはカバーガラスやフレームに囲まれているため,その原因を調べることが難しく,あまり研究が進んでいない状況でした。そこで5年ほど前,私を含めた岐阜大学の研究チームが,NEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)の採択を受けて,PIDの原因を解明する研究をスタートさせました。
 PIDの特徴は,その他の劣化現象に比べて非常に短期間で激しく発電能力が低下することにあります。常に状態を観察していれば変化に気付きますが,しばらく放置していた場合,気付いた時には全く発電していなかったということもあり得るのです。PIDはカバーガラスの表面に水が付くと起こりやすく,熱帯系の雨が降りやすい地域や海が近い地域は要注意だと言えます。また,水分以外では,太陽電池モジュールの周りの温度が高くなった際に,カバーガラスに含まれるナトリウムがセル内部に移動してPIDを引き起こすと考えられています。そのため,地球温暖化が進行すると,もともと高温多湿な日本でも今後,PIDの発生がさらに増えてくることが予想されます。

PID試験前後における電圧電流特性

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一般的な太陽電池モジュール(a)とカバーガラスとEVAの間にガラス層を形成した太陽電池モジュール(b)に、短時間で高い電圧をかけてPID状態にする試験を行った結果、(a)は電流密度が大きく劣化したのに比べ、(b)の劣化はわずかだった。
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簡便な抑制方法を普及させ,世界中の電力インフラに貢献していきたい。

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 私はPIDをなんとか抑制する方法はないかと研究を進めてきました。そもそもの原因は高い電圧にあるため,電圧を下げる,もしくは分散してやれば,ある程度PIDの発生を遅らせることができるはずです。また,ナトリウムのセル内への移動が引き金となることから,ナトリウムをブロックすればPIDを抑制できるだろうと考えました。そこで着目したのが「液体ガラス」という透明な塗料です。液体ガラスは,コーティングしたいものに塗布し,一定時間置くと固まって耐久性の高いガラス層を形成します。また,一般のガラスのように金属を含んでいないことから,電圧がセルに及ぼす影響を軽減することができるのではないかと考えました。これを太陽電池モジュールに使えば,液体ガラスが固まったガラス層が,ナトリウムの移動を遅らせられるのではないかという仮説を立てて研究を開始したのです。
 ただ,正直,最初は全く手応えがありませんでした。一見すると単純に液体ガラスを表面に塗るだけのようですが,塗り方には相当な工夫が必要で,厚みなどによって効果が大きく異なってくるのです。しかし,既存のモジュールの上にガラス層を作る場合と,カバーガラスの下にガラス層を挿入する場合の2パターンで試験を行ってきたところ,どちらでも明らかな効果が見られ,とりわけ後者は,PID発生を大幅に抑制する効果があることが分かりました。
 現在は小型のモジュールを使って試験を行っている段階ですが,今後はより大きなモジュールで効果を確認していく予定です。実用化に向けては,太陽光パネルメーカーやメンテナンス会社などと共同してさらなる研究を進めていく必要があります。今回の発明は,液体ガラスを用いることから,太陽電池モジュールの構造を大きく変えずに導入することが可能で,太陽光発電システムの寿命を延ばし,発電コストの低減に直接つながるものです。今後も加速していく太陽光発電の普及を後押し,世界中の電力インフラを支える一助になれば嬉しいですね。

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