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細菌に感染する天敵ウイルス「バクテリオファージ」を自由に改変する仕組みを開発。

※掲載内容(役職名,学年など)は取材時のものです。(現在と内容が異なる場合があります。)

バクテリオファージを人工的に作り出す方法を研究しています。

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 私が専門とするのは「合成生物学」と呼ばれる分野です。学生時代は細菌学を学んでおり,当時,大阪・堺市で集団食中毒を発生させたO- 157などの病原菌の研究に取り組んでいました。そして学位取得後は大阪から東京に移り,主に結核菌の薬剤耐性を研究していたのですが,その頃に注目を集め始めていたのが「合成生物学」でした。合成生物学とは,2000年頃からマサチューセッツ工科大学などを中心に始まった新しい領域で,生命そのものや生命機能を人工的に作り出す方法などを研究する分野です。これに興味を持った私はマサチューセッツ工科大学に行き,細菌学と合成生物学を組み合わせた研究を始めました。それが,現在も取り組む「人工バクテリオファージの創出」に関する研究です。

 バクテリオファージとは,細菌(バクテリア)に感染するウイルスのこと。多くが細菌を殺す性質を持ち,かつてはこれを活用して細菌感染症を治療する「ファージセラピー」の研究が盛んに行われていました。ところが,アオカビからペニシリンが発見され,抗生物質が治療に使われ始めると,ファージセラピーは忘れられた存在となってしまいました。しかし近年は,抗生物質が効かない耐性菌の出現が問題となっています。抗生物質には例外なく耐性菌が出現し,中には全く薬が効かない耐性菌も存在します。そこで,細菌の天敵であるバクテリオファージの存在が,再び注目を集めているのです。


次世代プラットフォームを開発することで耐性菌問題を解決したい。

 バクテリオファージは自然界にたくさん存在していますが,私はこれを人工的に改変し,薬剤として利用する方法を研究しています。ファージセラピーは,耐性菌に対しても有効で,従来の新薬に比べて低コストで開発できるというメリットがあります。一方で,バクテリオファージには宿主特異性があり,それぞれに感染できる細菌は非常に限られています。有益な細菌まで広く殺してしまう抗生物質に比べると安全性は高いと言えますが,治療目的で広く利用するためには,バクテリオファージを改変し,数多くの細菌に対応できるようにする必要があります。ただ,私が研究を始めた当初は,バクテリオファージを改変する方法がない状況でした。そこで,バクテリオファージを改変するための世界初となるプラットフォームづくりから始めたのです。
 人工合成プラットフォームの開発は,半年ほどでプロトタイプが完成しました。最初にコンピュータで必要なDNAパーツをデザインし,次に実際のパーツを組み合わせ,開発したプラットフォームを用いて人工バクテリオファージへと構築,起動させます。これにより,特定の機能を持ったバクテリオファージを人工的に作り出せるようになりました。この方法を使い,大腸菌に感染するT7ファージを改変し,肺炎の原因となるクレブシエラ属菌に感染する人工バクテリオファージを生成することにも成功しています。岐阜大学に着任後は,独自性の高い研究が認められて日本細菌学会の「黒屋奨学賞」を受賞し,従来の手法をさらに発展させた次世代プラットフォームの開発に取り組んでいます。
 今後は新たなプラットフォームを構築し,薬剤耐性菌問題の解決に向けてさらなる研究を進めていきたいと思います。また,最近では,腸内細菌が健康や病気に深く関わっていることが注目されていますが,将来的には腸内の悪玉菌だけを殺し,善玉菌を残す人工バクテリオファージを作ることで,腸内細菌を思いのままに編集する方法を確立し,人々の健康に貢献していければと考えています。
 バクテリオファージは,応用範囲がとても広く,すでにアメリカの食肉加工場では食中毒予防スプレーとして使われています。日本では様々な規制があり,欧米に比べて臨床実験などがなかなか進まない状況ですが,医療のみならず,あらゆる産業の未来を劇的に変える可能性を秘めています。私は日本におけるファージセラピー研究の牽引役として,今後もこの分野の研究に邁進していきたいと思います。

人工バクテリオファージの合成イメージ

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【用語解説】

バクテリオファージ

「菌(バクテリア)を食べるもの」という意味を持つウイルス。細菌にとりつき、細胞膜に穴を開けて内部で増殖し、細菌を死滅させるものが多い。大半が正二十面体の頭部と、細胞に穴を空けるドリルや脚が付いた尾部とで構成されている。

ファージセラピー

バクテリオファージを用いた細菌感染症の治療法のこと。医学のみならず、歯学、獣医学、農学などの分野にも応用が可能。近年社会問題化している、抗生物質に耐性を持った細菌感染症への治療法としても注目されている。

宿主特異性

特定の生物のみを宿主とする性質のこと。バクテリオファージはこの宿主特異性が高く、極めて限定的な細菌にしか感染しない。この性質をうまく利用すれば、特定の有害な菌だけに効果を発揮する薬剤の開発が可能となる。


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