岐阜の自然の現状を踏まえた 戦略を立て、100年後の未来に 自然を残していくことが使命です。
日本はこれまでの50年で多くの自然を失ってきました。実質的には,生き物が
1種類,2種類絶滅しても,人間の生活にすぐに大きな影響があるわけではありません。
しかし,だからといってこのまま何もしなければ,昔からの地域の自然がなくなってしまいます。
自然を残していくためには,地域と連携して戦略を立て,一緒に取り組むことが重要です。
もともとあった自然を知ることが,その地域に合った自然保護に繋がる。
私は淡水魚を中心に,魚類を対象とした生態学や生物地理学に関する研究をしています。現在,力を入れているのは,絶滅危惧種の保護と外来種対策です。どちらも自然保護についてですが,一方はこれまでにいた生き物がいなくならないようにすること。もう一方は外から持ち込まれた生き物が生態系にどんな影響を与えているのか,悪い影響を与えるものであれば,どうやって減らしていくのかを考えていくこと。地域に即した自然を守っていくために,こうした問題にどのように取り組んでいけばいいのかを研究しています。
そのために一番大事なことは,もともとその場所にはどういう自然があったのかを知ることです。本来の自然の姿が分からなければ目標が定められません。ですから,野外での生き物の分布調査に加えて,過去に岐阜県にいた魚類を調べるために文献を集め,岐阜県博物館が収集してきた標本を整理しています。さらに,大昔からいたものか,近代以降にほかの地域から持ち込まれたものかを区別するため,DNAを解析し,実態調査を行っています。同じ種類とされる魚でも,生息してきた場所によって遺伝子に違いがあるため,その違いを調べることで,岐阜県の自然の成り立ちや現状が明らかになっていきます。こうした調査を通して,地域の自然保護に対して必要な知識を提供しています。
地域の自然をどれだけ残せるかは,自治体や市民との連携が大きなカギ。
岐阜県は淡水魚の種類が多く,中でも岐阜大学周辺は絶滅危惧種の宝庫です。例えば,県内数カ所にしか分布していない"デメモロコ"が構内を流れる新堀川に生息しています。流れがほとんどない湿地のような川で,上流部は流れ幅が狭く草が茂り,産卵や仔魚の成育に適しています。上流に集落が少ないので水もきれいなんです。さらに,伊自良川や長良川といった開けた川への移動もできます。こうしたさまざまな環境ときれいな水質に恵まれたことが,希少種が生き残ってきた理由だと考えられます。希少種の生態調査は学生の卒業研究のテーマにもなっています。
また,自然環境保護や外来種駆除,環境学習などの活動を通して,地域との連携にも力を入れています。その一つ,「岐阜市自然環境基礎調査」では,平成21年度から5年間にわたって岐阜市の自然の現状を調査。私は魚類と甲殻類を担当し,市内400地点で調査を行いました。この結果をもとに,岐阜市版「レッドリスト」(絶滅危惧種のリスト)と「ブルーリスト」(外来種リスト)を作成しています。その上で,生物多様性を守るための取り組みを考える,「生物多様性地域戦略」の岐阜市版が策定される予定です。
自然保護は地域との連携なくしてはあり得ません。100年後にどれだけ自然が残せるかは,どこまで研究し,自治体や市民と一緒に行動できるかによって大きく違ってきます。私は科学者としての責任感を持って,岐阜県の自然の成り立ちと現状を明らかにし,自然を残すための研究に力を尽くしていきたいと思っています。
岐阜大学キャンパス周辺に生息する希少生物図鑑
【デメモロコ】 環境省レッドリスト :絶滅危惧Ⅱ類 岐阜県レッドリスト :絶滅危惧Ⅰ類 東海地方では生息地が激減。岐阜県内でもごく限られた地域にのみ分布。岐阜市内では構内を流れる新堀川のほか,流れが緩やかで泥底だが,生活排水で汚染されていない一部の小河川にのみ生息。全長10cm。 |
【シロヒレタビラ】 環境省レッドリスト :絶滅危惧ⅠB類 岐阜県レッドリスト :絶滅危惧Ⅰ類 二枚貝に産卵するタナゴの仲間で全長7cm。東海地方では絶滅に瀕しており,構内を流れる新堀川など,岐阜市内にわずかな生息地が残っている。しかし,すでに琵琶湖産の移入により,遺伝子の撹乱が生じている。 |
【トウカイヨシノボリ】 環境省レッドリスト :準絶滅危惧 岐阜県レッドリスト :準絶滅危惧 岐阜,愛知,三重の東海3県にのみ生育する固有種。減少要因はブラックバスの放流と,国内の他地域から持ち込まれたヨシノボリ類との交雑。岐阜市内では構内の鷭ヶ池(ばんがいけ)のほか,水路やため池に生息。全長5cm。 |
- 『絶滅危惧Ⅰ類』:絶滅の危機に瀕している種。ごく近い将来,野生での絶滅の危険性が極めて高いⅠA類と,それに次ぐⅠB類に分かれる。
- 『絶滅危惧Ⅱ類』:絶滅の危険が増大している種。
- 『準絶滅危惧』:現時点での絶滅危険度は小さいが,生息条件の変化によっては「絶滅危惧」に移行する可能性のある種 。