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ウイルスや細菌毒素が 細胞に侵入する機構を 世界で初めて明らかに!

iCeMS 京都大学 物質-細胞統合システム拠点
岐阜大学サテライト


iCeMS = Institute for Integrated Cell-Material Sciences(物質-細胞統合システム拠点)とは,平成19年10月,文部科学省の「世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI=World PremierInternational Research Center Initiative)」の採択を受けた京都大学の研究施設。WPIとは,世界最高レベルの研究水準,国際的な研究環境の実現,研究組織の改革,融合領域の創出の4つを要件に開始された事業のこと。iCeMSでは,「細胞生物学」で細胞全体を見る大きな視点と,「化学」や「分子生物学」でタンパク質やDNAを見る小さな視点との中間,いわば"物質と生命の境界"を探究する「物質-細胞統合科学」という学際領域の創出を目指す。岐阜大学は全国で唯一の単独サテライト研究機関として,iCeMSに参画。主任研究者の木曽特任教授を中心に,糖鎖合成に関する知見を生かし,数多くの共同研究を行う。

細胞膜上で重要な働きをする「ガングリオシド」の化学合成に成功。
新たな治療や創薬に繋がる世界初の研究に大きく貢献。

長年解明されてこなかった
ガングリオシドの謎に迫る

 私はウイルスの感染や疾患に関与する「糖鎖」という天然物の合成を専門に研究しています。大学時代の講義で有機化学や細胞に興味を持った私は,木曽真先生の研究室に所属し,糖が多種多様に連なった糖鎖が,細胞上に豊富に存在し,様々な生命現象を解き明かす鍵を握っていることを学びました。しかし,糖鎖の機能を明らかにするには,細胞が作り出す微量な糖鎖を人工的に大量に作る必要があり,この技術を確立するのは非常に困難です。私はそんなハードルの高さに魅力を感じ,これまで糖鎖合成を研究してきました。
 細胞膜上には,糖鎖と脂質が結合した「糖脂質」という分子があります。この糖脂質の中には「ガングリオシド」と呼ばれるものがあり,この分子は単に細胞膜を構成するだけでなく,様々な機能に関与すると推定されてきました。また,ウイルスや細菌毒素が細胞に侵入する時,細胞膜上にある「筏(いかだ)ナノドメイン」という分子の集合体を上手に乗っ取って侵入することが示唆されていますが,この筏ナノドメインの形成にもガングリオシドが関与していると提唱されてきたのです。ところが,ガングリオシドは今まで,生きた細胞の細胞膜内で検出する手法が確立されていませんでした。そのため,筏ナノドメインは本当に存在するのか,そして,ガングリオシドがこの筏ナノドメインにどう関与するのかの解明は,この20年あまり大きな課題となってきたのです。

 ガングリオシドを"見える化"するために通常考えられる方法は,まずガングリオシドを化学合成し,蛍光を発するマーカー分子(蛍光分子)で目印を付け,その蛍光を細胞膜上で観察する,というものです。ただ,この方法は成功していませんでした。なぜなら,ガングリオシドの合成自体が難しく,そこから蛍光分子を付ける作業はさらに困難を極めるからです。蛍光分子が狙った部位とは違う場所に結合してしまったり,その結合部位によってガングリオシドの機能自体がなくなったりするのが原因でした。
 ガングリオシドや筏ナノドメインの働きを解明するには,蛍光分子を結合させた「蛍光ガングリオシドプローブ」を作り,生きた細胞上での振る舞いを1分子ずつ捉える技術の確立が望まれました。そうした中,実は岐阜大学では,すでにガングリオシドを全て人工的に合成することに成功していました。そこでiCeMSにおいて私たちの研究室と,細胞内の分子の運動を1分子単位で観察する「1分子イメージング」を開発した京都大学の楠見明弘先生,鈴木健一先生らとの融合研究が始動したのです。

(クリックすると拡大します)細胞膜上には糖鎖と脂質が結合した「糖脂質」と呼ばれる分子が存在する。
脂質が複数集まってできた集合体「筏ナノドメイン」の形成に、糖脂質の一種であるガングリオシドが深く関与していると推測されてきた(図1)。
本研究ではその働きを解明するため、蛍光分子を付けたガングリオシドを化学合成(図2)。
これを蛍光顕微鏡で1分子ずつ観察し、その様子を世界で初めて捉えた(図3)。※μm...長さの単位でマイクロメートル。1 μmは0.001mm。

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250以上の工程を繰り返し,
世界初となる合成に成功

サテライトラボのすぐ横には分子構造などを解析で
きる「核磁気共鳴( NMR)装置」を設置。世界トッ
プレベルの研究環境が整備されている。

 プロジェクトは初めに蛍光ガングリオシドの合成から始まりました。私は,ガングリオシドをまず5つの部品に分けて合成し,この部品の段階で蛍光分子が付けられるように加工し,その上で部品を組み立てて完成させる方法を考案しました。修士課程1年生の時から取り組み始めたのですが,最初の一つ目を完成させたのは1年半後でした。その後も250以上の工程の順序や方法を探索し続け,平成26年には17種類の蛍光ガングリオシドプローブの生成に成功しました。そして17種類の分子のうち,7種類が天然のガングリオシドと同様の振る舞いをすると分かったのです。
 フラスコ内で粉末(原料)を溶液に溶かし,試薬と反応させた上で不純物を取り出し,さらにNMRと呼ばれる分析機器で本当にできているかを確認します。この一連の作業が1工程で,これを250回以上繰り返します。しかも,全てが順調にいくわけではなく,途中で失敗が起こるたびに計画を練り直し,時には振り出しに戻ることも。最初の1年半は一人で作業を行いましたが,iCeMSの特定研究支援者となってからは研究室の2年後輩にあたる小西美紅さんなどの手を借り,地道な作業を根気強く続けました。小西さんはとても器用でミスがありません。私と同じく特定研究支援者になった以降は,まるで自分がもう一人いるように仕事を分担してきました。今振り返ってみても一人では絶対に達成できなかったと思います。

フラスコ内で粉末を溶液に溶かして反応させる
作業を地道に繰り返し、目的となる化合物を生
成していく。

 この蛍光ガングリオシドプローブを用いて,京都大学の楠見先生や鈴木先生が生きた細胞膜中での1分子イメージングを行った結果,ガングリオシドがタンパク質受容体と結合し,筏ナノドメインを形成する様子を見たり,筏ナノドメインが動く様子を解析することに成功しました。これにより,ガングリオシドには筏ナノドメインを作る重要な働きがあることや,今まで見えなかったのは,10~50ミリ秒という非常に短い時間で入れ替わり,筏ナノドメインを構成していたことが原因だったことも判明しました。そして今回,世界初となる成果を論文として米科学誌『Nature Chemical Biology』にて発表するに至りました。今後はこれらの研究成果が,ウイルスや毒素が侵入する構造を解明する一歩となり,さらにはがんや糖尿病などの疾患の治療や創薬の開発にも繋がるだろうと期待しています。
          ※ミリ秒...1秒の1/1000

 研究に取り組む上での私の信念は,常に感謝を忘れないことです。苦しい時もありますが,その都度,木曽先生や安藤弘宗先生など恩師の顔を思い浮かべ,今までのご恩を研究成果で返そうと頑張っています。今後の目標は,まずは研究を続けて博士号を取得したうえで,ガングリオシドよりもさらに複雑な糖脂質の合成に挑戦したり,様々な糖脂質を作るうえで共通の問題点を克服するための研究などに力を注いでいきたいです。

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研究に尽力した若手研究者

世界的な研究に携われて
とても光栄な気持ちです

 大学3年生の時,化学合成に興味を持ったのがきっかけで木曽先生の研究室に所属。5年前からはiCeMSの特定研究支援者となり,ガングリオシドの合成を研究し続けています。今回発表された研究には一部しか携われていませんが,それでも世界的なプロジェクトに関わることができ,本当に光栄です。初めて作る化合物で,うまくいかない場面も結構ありましたが,先輩や先生に助言を求めたり,世界の文献を調べたりしながら新しい方法を考えていきました。苦労を重ねた分,うまくいった時にはとても達成感がありましたね。

 河村先輩はとても頼りになります。2年上の先輩ですが,化学系の研究室は男性が多いこともあり,相談しやすい同性の先輩がいるのは本当に心強いです。今回の研究ではガングリオシドを蛍光化しましたが,今後はガングリオシドと相互作用するタンパク質の蛍光プローブも合成し,この2つの関係性を観察していきたいと考えています。

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iCeMS 京都大学 物質-細胞統合システム拠点
-岐阜大学のトップレベルの糖鎖研究室が参画-

世界初となる今回の成果は,
私たちが40年以上続けてきた
糖鎖合成の研究の賜物です。

 私は42年前に岐阜大学へ赴任しました。そして当時,アミノグリコシド系抗生物質という糖鎖の一種の全合成を達成して39歳で教授になられた長谷川明先生の下で,助手として糖鎖研究を始めました。当時の研究環境は決して満足いくものではありませんでしたが,長谷川先生と一緒に「世界的な糖鎖の研究拠点を作る」という目標を掲げ,系統的にガングリオシドを合成する技術の研究などを進め,着実に成果を積み重ねてきました。
 平成19年には,京都大学に設置された「iCeMS」に参画することが決定。私たちの糖鎖の合成技術が高く評価された結果でした。今回発表した研究は,1分子観察の分野で世界をリードする楠見先生,鈴木先生のグループと共同で始めたテーマでしたが,私たちが長年培ってきた糖鎖合成の技術が大きく貢献し,10年目にしてようやく一つの成果としてまとまったわけです。
 河村さんと小西さんには,研究者としての能力に驚かされます。非常に難しい化学合成を笑顔で完成させてしまう。年1 回実施されるiCeMS Site Visitでも「岐阜大学の研究室は素晴らしい」と感心されています。優秀な研究員がきちんとした構造の化合物を作り出す。これは学生時代からトレーニングを積み重ねてきた岐阜大学でしかできない強みです。河村さんにはこの研究を通じて博士号を取得してほしいですし,岐阜大学から科学誌『Nature』で博士論文を出す第一号になってもらいたいですね。


我々では到底無理だと思える
ガングリオシドの合成を成功させ、
その技術の高さに驚きました。

 京都大学のiCeMSは,異分野融合を通じて細胞に関わる様々な現象を明らかにしていくのが目的です。そこで私たちが着目したのが,生きている細胞上での動態がほとんど研究されていないガングリオシドでした。私たちの研究の基本的な戦略は,細胞膜上の分子を蛍光1分子観察することです。平成19年には2色の蛍光1分子を同時に捉えることで,分子の反応の頻度や長さを詳しく観察することに世界で初めて成功していました。ただ,ガングリオシドの1分子観察を行うには,蛍光プローブの合成が不可欠です。そこで,糖鎖合成の世界的な権威である木曽先生,安藤先生にお願いし,全部で17種類の蛍光ガングリオシドプローブを合成していただいたのです。
 天然のガングリオシドと同じ働きをする7種類を1分子観察した結果,生きている細胞膜上での動態を世界で初めて観察でき,筏ナノドメインの働きを詳しく知ることに成功しました。ガングリオシドは様々な疾患に関わっていることから,今回の研究結果が,病気の治療や創薬の研究に繋がっていけばと期待しています。
 今回,ガングリオシドの合成を担当された河村さんや小西さんの存在は,とても心強いです。まだ20代と若く,独創性があり,何事にもトライしようという意欲が強い。合成の素人からすると,無理なのではと思うようなものを作り上げてしまう。その技術には驚かされましたし,私たちも責任を持って観察しないといけないという使命感を持って研究に励むことができました。

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