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電子機器の消費電力を 90%削減する集積回路を開発。

交流電圧をそのまま用いて 消費電力の低減化へ。

 冷蔵庫などの家電製品やパソコン,携帯といった世の中のあらゆる電子機器には小さな「集積回路(IC)」が組み込まれています。集積回路は,電源から電気エネルギーを得ると,中の無数のトランジスタ(スイッチ)が動作し,電子機器の頭脳となって機器を制御します。
 現在の集積回路は,コンセントなどの交流電圧をACアダプターやバッテリーなどで直流電圧に変換して動作させていますが,この変換だけでも電力が損失しています。そこで,これを少しでも減らそうと,私は「断熱的論理回路」と呼ばれる集積回路の設計を研究しており,今回,ヘルスケア製品への搭載が可能な回路を試作しました。試作した集積回路は155㎛×172㎛,髪の毛の太さと同じくらいの大きさです。
※㎛...長さの単位でマイクロメートル。1㎛は0.001㎜

 断熱的論理回路は,直流に変換する前の交流電圧をそのまま電源として使うことができます。集積回路の中では,0と1の信号により演算が行われ回路が動作します。この演算を行う際,従来は無駄にエネルギー(電力)を使用していました。同時に熱が発生するのですが,"断熱"の名の通り,この回路であればそうしたロスはありませんし,電力の一部を電源に回収できるため,使用電力が少なくて済みます。

2つの交流電圧の効果的な組み合わせ方をひらめく。

中央にある2.4mm×2.4mmの四角の中に髪の毛の太さ
ほどの極小の回路が納められている。企業が作った
研究用の集積回路。
断熱的論理回路の設計図。全体図(左)と拡大図(右)。研究室の学生がパソコンでこうした設計図を作り,そ
れをもとに企業が集積回路を作っている。回路の中のトランジスタには通電性のあるもの,ないものとさまざま
な素材が使われる。赤い線が電気を通す金属,緑の線が電気を通さないシリコンを示し,白い線は髪の毛の
1/100ほどの太さ。こうした極細の線もすべて学生がひとつひとつ描き,完成までに約2カ月要する。実験では
電流を回路に流し,トランジスタの切り替えを行いながら動作の様子を検証する。
電卓の中の回路の様子。普段使っているパソコンの中に
はトランジスタが約56億個も使われ,トランジスタの切
り替えによりさまざまな演算を行いながらパソコンを動
作させている。
断熱的論理回路の研究に使う交流電流を作る電源生成機器。現在
は6台使用,将来的にはこれも極小化し回路に組み込む予定だ。

 私が提案している断熱的論理回路は,電源に2つの交流電圧(正弦波)を用いることで動作しています。以前,とある企業がパソコンのCPUにこの論理回路を取り入れ,省電力化を図る研究に取り組んでいました。しかし,当時のCPUの動作速度はすでに高周波の500MHzほどに達しており,メリットを生かすことができませんでした。なぜなら,これは私の研究で判明したのですが,断熱的論理回路は低い周波数の交流電圧,つまり変化の緩やかな2つの波形を用いて,その波形を演算のタイミングに合わせることにより,より効果的に省エネルギーが実現できるからです。速度が速いとタイミングを合わせることが難しくなります。このことから,私は回路自体の動作速度が求められない,ヘルスケア機器や腕時計などにこの回路を応用することを思いつきました。これらの機器は1MHzくらいの速度でも十分に動作するため,この回路への応用がうってつけでした。
※CPU...コンピューターなどの中枢部分にあたり,各種装置を制御したりデータを処理したりする演算処理装置のこと

 学生時代の恩師が「物事は風呂や布団,車の中でパッとひらめく」と教えてくれましたが,私の場合もまさにその通り。回路への2つの交流波形の使用やヘルスケア製品への応用は,突然湧いてきたアイデアでした。

髙橋准教授が提案する断熱的論理回路は2つの交流電圧を組み合わせて回路を動作させる。
ゆっくりと電圧を上げ下げし,演算の信号とタイミングを合わせることで,電気的エネル
ギーのロスが少なくなることに着目(図下)。5年後の製品化を目指して研究を続けている。
 この研究によって現段階では,消費電力を10分の1にまで削減できる集積回路が完成しています。最終的には1000分の1を目指しています。そのためには2つの正弦波を作る電源生成機器をさらに省電力化させることや,波形などのタイミングを合わせる自動補正回路の開発が必要です。最終的には,こうした周辺回路を小さなチップにすべてまとめることが目標です。これらがクリアできれば,世の中のさまざまな電化製品の省エネ化につながると確信しています。

人間が発する電流を利用して医療・ヘルスケア製品を。

 断熱的論理回路の具体的な用途として,私は医療用品やスポーツ用品などへの応用を考えています。例えばペースメーカー。従来のバッテリーは8~10年が寿命といわれていますが,断熱的論理回路を用いれば耐久年数が約10倍に伸びます。また心臓は脈を打つ時に数ミリボルトの微弱な交流電流を発しています。回路の動作にその電流を用いれば,生きている限りほぼ交換手術の必要性はなくなると思われます。

 スポーツ用品でも利用することが可能です。シューズの底に回路を埋め込み,走った時の振動で発生する電流を利用して回路を動作させれば,走行速度などの測定が可能となります。

環境エネルギーを利用するエネルギー・ハーベスティングにも挑戦。

 こうした人の動きから発する電流と同じように,自然環境から生まれる微弱なエネルギーを収穫(ハーベスト)して電力に変換する技術「エネルギー・ハーベスティング」についても研究しています。従来の直流はバッテリーとして蓄電しておけるという利点がありましたが,その分,寿命があることが難点でした。外界には風や光,熱,水,振動,電磁波などさまざまなエネルギーが存在していますが,これらのエネルギーから交流電流を集め,その電流をそのまま利用できるようになれば,今以上の省エネの実現が考えられるのです。
 例えば車のタイヤに回路を埋め込んで空気圧やパンクを随時チェックする。車が走行している際,振動で発生する交流電流を利用すれば,埋め込んでおくだけでその機能を果たします。また,スマホやパソコンなどにも回路を導入すれば,動かした時に発生するエネルギーによって充電もほとんど不要になります。さらに,太陽電池においても,回路を組み込んでエネルギー・ハーベスティングと融合すればさらに発電力が高まります。

実用化が期待できる製品
・ヘルスケア製品
 (心臓のペースメーカー等)
・スポーツ関連の測定器
・鉄道のICカード
・スマートフォン
・パソコン など
 こうしたエネルギー・ハーベスティングやヘルスケア分野を視野にいれた断熱的論理回路の研究は世界的にみてもホットなトピックだと思います。ますます研究を重ね,最終的には平成32年頃に,まずはヘルスケア分野で広く普及させることを目標に頑張っています。

 岐阜大学がある中部エリアは,車や航空機など,こうした集積回路の応用に関して積極的に取り組むモノづくり産業が多く,共同研究ができるいい環境だと感じています。今後も学内外を問わず他分野の研究室とも協力しながらさらなる省エネ化に取り組み,社会貢献につながるモノづくりの研究をしていけたらと考えています。

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研究に携わる学生たち

より低い電圧で動作するサブスレッショルド
回路の研究を通して,人々の生活に貢献して
いきたいと思います。

 私は研究室に入るまで断熱的論理回路を知らなかったのですが,ゆっくりと電圧を変化させることで省電力になるという論理に納得するとともに,深い興味を持ちました。今は従来の集積回路で使われる電圧より極めて低い電圧で動作するサブスレッショルド回路に,断熱的論理回路を組み合わせてさらなる低消費電力化を追求する研究を行っています。この組み合わせによって,なぜより省電力になるのかの裏付けを取るために,1週間くらいかけてひたすら計算をし続けることもあります。しかし,無事計算で証明ができて理論的に説明できたときの達成感は格別。この研究の醍醐味だと実感しています。

 この新しい回路が実現すればペースメーカーはもちろんのこと,パソコンや携帯などさまざまな電化製品の低消費電力化も可能となります。電池が長持ちすれば心臓手術の回数も減り,またパソコンや携帯もより一層使いやすくなる。必ず人々の生活に役立つと感じています。1日も早くその日が来るように修了後も大学で今の研究を続け,さらに極めていきたいと思っています。


立体構造のトランジスタと断熱的論理回路を
組み合わせる研究を通してさらなる低消費電
力化を実現し,商品開発に繋げたいです。

 私の父親も集積回路に関連する仕事をしていることから興味を持ち,この研究室を選択しました。現在は従来とは違った立体構造のトランジスタ「FinFET(フィンフェット)」と断熱的論理回路を組み合わせた集積回路の研究をしています。

 トランジスタは本来平面構造ですが,立体構造にすることでより電気の無駄がなくなり,断熱的論理回路を合わせることでさらに低電力化が期待できます。どのくらい電力が少なくなるかを比較するため,立体構造のトランジスタが組み込まれた集積回路に,従来の直流電流と,断熱的論理回路による交流電流の両方を流すシミュレーションを行い,消費エネルギーをグラフにしたところ,最大で1000分の1の省電力になるという結果も出ました。回路が複雑になればなるほどシミュレーションにも時間がかかり,時には1つのグラフを作るのに何日もかかりますが,目に見える成果が研究のやりがいに繋がっています。

 将来はこの研究を生かし,企業の研究開発の部門に入ってヘルスケアや医療分野における製品を開発したいと思います。それらを1人でも多くの方に使ってもらうことで,社会貢献につながればと思っています。

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