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【広報企画室インタビュー】(共同研究成果)工学部 池田 将准教授が関わった研究が『Nature Protocols』誌に掲載されました。-バイオマーカーを見分けて溶けるゲル状物質の合成手法について-

池田 将 准教授

 本学工学部化学・生命工学科の池田将准教授の研究グループは,比較的分子量の小さな化合物が自ら集まって(自己組織化あるいは自己集合化して)できあがる分子集合体である,「超分子」材料の基礎及び応用研究をこれまで行ってきました。
 この度,池田将准教授の研究グループと京都大学の共同研究成果,具体的には,超分子ヒドロゲル材料(ゼリー状物質)を形成する化合物(超分子ヒドロゲル化剤)の合成方法とその化合物と酵素を混合した超分子ヒドロゲルの調製方法に関する論文が,2016年8月25日付け『Nature Protocols』に掲載されました。このゼリー状物質は,様々な狙った生体分子に応答して溶けるようにできるというユニークな性質をもったもので,医療や診断への応用が期待されています。

インタビュアーの二人
(右から,岩本室員,吉田室員)


 今回は,池田将准教授に,この共同研究成果について,インタビューを行いました。インタビュアーは広報企画室の岩本室員(応用生物科学部准教授)と吉田室員(総合企画部総務課広報係員)です。



岩本室員:この度は,『Nature Protocols』への研究成果の掲載,おめでとうございます。吉田室員といろいろとお話を伺っていきます。どうかよろしくお願い申し上げます。

吉田室員:今回の池田先生の研究グループの研究成果の掲載は,少しユニークであると伺いました。まず,Nature Protocolsへの掲載されるに至った経緯を教えてください。Nature Protocolsとはどんな雑誌なのかも含めて教えていただけると幸いです。

池田准教授:Protocolとは,「料理のレシピ」と同じような意味で,使う試薬のメーカーや分量,器具などを事細かに説明して,他の研究者が再現することができるようにまとめた論文です。Nature ProtocolsはNPG(Nature Publishing Group)が発行するProtocol論文集で,編集部(Editor)が研究者に論文執筆のInvitation(依頼)をすることを基本としています。昨年の秋に,2014年にNature Chemistryに掲載された私達の共同研究成果の論文に関して,実験手法に改良などがあれば,投稿してほしいという依頼がありました。そこで,幾つか追加で実験するとともに実験を再現するために必要なポイントや手法のLimitationなどを論文にまとめ,投稿後,審査(Review)プロセスを通過し,無事掲載されました。

論文が掲載された
Nature Protocols 誌

吉田室員:なるほど,2年前にNature Chemistry誌に掲載された研究があり,その際の実験方法について,非常に意義が大きいものであったため,nature誌から詳細に執筆してほしいという依頼があったということですね。Nature Protocols誌はそういった実験方法等について世界中の科学者に紹介する科学雑誌なのですね。
岩本室員:"Protocol"は,いろんな意味を持っている単語なのですが,私を含めた理系の研究者は,「実験計画」や「実験手法」という意味でよく使います。世の中には,様々な科学雑誌がありますが,Nature Protocols誌は世界的にも高名な科学雑誌の一つなのです。ちょっと一般的な研究成果の科学雑誌への掲載について説明しますね。ある研究グループが,新しい研究成果を得たとします。その研究内容を吟味して原稿を作成します。完成した研究論文を科学雑誌などに送って「我々の研究グループは今回,○○な研究を行って,すばらしい成果を得ました。この成果をぜひ公表したいので,掲載の審査をして下さい。」とお願いします。科学雑誌の編集者は,研究内容を審査する審査員を複数人選んで,厳しい審査をします。審査に合格した場合にだけ,科学雑誌に研究成果の掲載が許可されるのです。科学雑誌の方から掲載の依頼が来るのはとても名誉なことなのですよ。うらやましいですね。(笑)
吉田室員:そうなのですか。厳しい世界ですね。それでは,2年前(2014年5月4日)にNature Chemistryに掲載された研究について,簡単に内容を説明いただけますか。

池田准教授:JST注1)課題達成型基礎研究の一環として,京都大学 大学院工学研究科の浜地 格 教授らと共同で,疾病があるときに体内に現れる物質(バイオマーカー注2))を感知すると溶けるゲル状物質(ヒドロゲル)の開発に成功しました。このゲルはたった1種類のゲル化剤から作製できますが,埋め込む酵素を変えるだけで感知する(標的とする)バイオマーカーを変えることができます。その結果,多様な生体分子(糖尿病や前立腺がん,痛風のバイオマーカー等)を識別して溶けるゲルを作製することができます。また,複数のバイオマーカーが同時に存在してもしっかり見分けられるヒドロゲルも開発しました。今後,新しいスマートマテリアルとして,診断材料や薬物放出材料の開発などの医療応用に幅広い貢献が期待できます。詳細は大学のWebサイトでも共同研究成果として紹介していますので,ご覧いただけたらと思います。

開発したゲル化剤が自己組織化し,過酸化水素に反応して溶ける様子の模式図


岩本室員:さらっと,説明されていますが,この成果はものすごいのですよ。ちょっと専門的な質問もさせて下さい。
池田先生の調製された超分子は,比較的小さな分子が,自己組織化して巨大な「超分子」を形成されていますね。かのシュタウディンガー注3)が,高分子説を提唱した1920年代以前は,巨大な分子が本当に存在するかどうか決定的な確証がなかったので,低分子と違う振る舞いをする化合物に関しては,小さな分子が集まって大きな分子のように見えているだけだとする「ミセル説」が支配的だったと専門書で読んだことがあります。
高分子の存在が明らかになった後は,様々な高分子が合成され,ミセル説の存在自体も忘れられている気がします。
先生の「超分子」のお話しを聞いて,ふとミセル説を思い出しました。これまでの研究の概念にも影響する重要な成果だと感じました。いまは,自己集合や自己組織化という概念が支配的なのですね。

池田准教授:確かに,そのように言えるかもしれません。超分子(英語ではSupramolecular Chemistryといいます)は,ノーベル化学賞受賞者のLehn先生が提唱(命名)された概念で,弱い相互作用で分子を自ら集合させることに主眼を置いています。その超分子の概念や手法を利用し,低分子を集めてつくる高分子(ミセル説の高分子と言えるかもしれません)は,超分子ポリマーと呼ばれていて,今とてもホットな研究領域です。私達の研究,開発している超分子ヒドロゲルもある意味でその範疇に入ります。ただ,高分子は私達の生活に既に欠かすことのできない大切な物質で,身の回りにもたくさんあり,その性能もどんどん良くなっていますが,超分子ポリマー材料の実用化されている例は少ないのが現状です。それでも,超分子ポリマーには高分子にはない特徴が幾つかあり,分解が容易なこともその一つに挙げられます。そうした性質から,今回の超分子ヒドロゲルのような材料は生体適合性が高い可能性があり,生分解性高分子とも相補的に,医療用材料や薬物輸送材料などとして活躍の場が広がっていくのではと期待しています。

岩本室員:興味深いお話しですね。さて,合成なさった分子を見させていただくと,分子の対称性や分子間の水素結合と疎水性相互作用のバランスが絶妙なため超分子が形成されたように理解しました。正しいでしょうか?また合成でのご苦労についてお聞かせください。

池田准教授:おっしゃるとおりで,ゲルができることが分かってしまえば,そのように理由はあと付けできるのですが,化合物をはじめに設計して合成してもゲルになる保証はなく,ときにはゲルになるものを見つけるまで数10種類の化合物を合成することもあります。さらに,ゲルになったものが刺激に応答して溶けるなど期待する性質を示す保証もなく...と,望みの化合物に行き当たるには何重かの壁を超えなければなりません。このプロセスを(苦労を意に介さず)突破してくれる京都大学助教時代の学生さんや岐阜大学の研究室の学生さんには本当に感謝しています(普段はつい厳しいことを言ってしまうこともあり,反省しています)。それと,もちろん,京都大学時代からの恩師である浜地格教授には本当に感謝しています。いつも有益なご助言を頂き,研究をどんどん面白いものに発展させるヒントを頂き続けています。今もお会いできることがあると色々相談させて頂いたり話をお聞かせ頂いたり,心から尊敬する人格者であり,化学者です。准教授として着任した研究室の主宰者である北出幸夫先生にも色々アドバイスを頂きました。また,特に今回の論文は京都大学の重光博士,藤咲君に御協力頂いていて,お二人が苦心して撮影した分かりやすい動画もあります。こちらはフリーでアクセスして見ることができますので,是非見て頂ければうれしいです。

岩本室員:エピソードを含めた貴重なお話しをありがとうございます。我々,研究者はそのようなエピソードがものすごく興味があります。
吉田室員:インタビュー前にお電話で概要を伺った際には,非常にスマートに研究成果をお話されていましたが,水面下には大変な苦労や努力の積み重ねがあったことがよくわかりました。
岩本室員:研究者は,みなさん苦労してまとめた研究成果を分かりやすくスマートに話したり,執筆したりする努力もしているのですよ。
吉田室員:そうなのですね。さて,先生の研究内容が,Nature Protocols誌に掲載されたことにより,この実験方法が世界中の科学者たちに共有されたことになりますが,先生は今後,この技術がどんな風に生かされたらと考えていますか。

池田准教授:今回のような論文やこのインタビューで様々な分野の研究者や一般の方が興味をもってくれて,問い合わせがあったりするとうれしいです。私達は物質のなかでも特に分子を設計して作ることが専門のいわゆる化学者です。それでも,作った物質や分子の性質を自分たちで調べて仮説の検証などを行うのですが,実は,調べ方も分からないような新しい性質を調べたいときなどは専門書や論文に当たるだけではなく,実際にその専門の方に色々相談させていただいています。そういったときにも専門外の方の意見がお聞きできるとありがたいと実感していますし,こんな性質のものはできませんかという問合せがあると,とても有益です。また,僕自身は分子を設計したり作ったりその挙動を調べたりすることが好きでそれで満足することもあるのですが,社会全体や他の分野(特に医療などで)で必要とされている性質を示す分子の開発や実用化に貢献したいと願っています。

吉田室員:最後に,この記事を閲覧している方へ,メッセージをお願いします。

池田准教授:SF作家の巨匠アーサーCクラークは,技術の三原則という言葉のなかで,「可能性の限界を測る唯一の方法は,不可能であるとされることまでやってみることである。充分に発達した科学技術は,魔法と見分けが付かない。」と述べているそうです。ちょっと大袈裟かもしれませんが,一般の方には魔法のように映る役に立つ物質を,現代の科学の可能性と限界を勉強しながら,つくることができたらと夢見ています。
先日,岐阜大学広報に取り上げていただいた還元に応答する核酸の他にも,研究中でまだ論文として発表していない岐阜大学の学生さんと作った面白くて賢い分子が色々あります。これから頑張って続々と世に送り出したいと思っていますので期待していて下さい。
岩本室員:本日は,お時間を取っていただきありがとうございました。ものすごく楽しいインタビューでした。
吉田室員:広報企画室では,これからも岐阜大学の先生の研究成果について広報していきます。今後ともよろしくお願いします。

掲載内容

  • 論文タイトル:Preparation of supramolecular hydrogel-enzyme hybrids exhibiting biomolecule-responsive gel degradation
  • 著者:Hajime Shigemitsu, Takahiro Fujisaku, Shoji Onogi, Tatsuyuki, Yoshii,Masato Ikeda& Itaru Hamachi
  • 掲載雑誌:Nature Protocols 11, 1744-1756 (2016) doi:10.1038/nprot.2016.099
         Published online 25 August 2016
  • 公開URL:http://www.nature.com/nprot/journal/v11/n9/full/nprot.2016.099.html

語句説明

  • JST注1)国立研究開発法人科学技術振興機構(Japan Science and Technology Agency)の略称。文部科学省が管轄する独立行政法人で,主に日本の大学などの研究成果や技術を社会に役立てるための支援を手がける組織である。2003年10月に設立された。将来的に産業界への貢献が期待できる研究成果や技術に対し,資金援助や支援などを行う。
  • バイオマーカー注2)人の身体の状態を客観的に測定し評価するための指標となる物質。これらの物質が,体内でどのように増えているかを測ることで,健康状態や病気の進行度合いなどが分かる。
  • シュタウディンガー注3)Hermann Staudinger(1881~1965) ドイツの化学者で高分子化学の黎明期を支えた巨人。高分子が長い分子の鎖からなることを明らかにした。高分子溶液の粘度と分子量との関係式を示し,高分子化学の基礎を築く。1953年にノーベル化学賞を受賞した。

2016.10.19

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