お知らせ

村井利昭教授らの研究グループの論文が「ChemistryOpen」に掲載 多彩な蛍光を発することができる単一分子有機化合物を開発

 国立大学法人岐阜大学 工学部 化学・生命工学科 村井利昭教授らの研究グループは液中のpHに依存して蛍光色が変化する蛍光物質を開発しました。この研究成果は 論文誌「ChemistryOpen」オンライン版に2016年8月2日付で掲載されました。

 色の源には様々な物質(元素や化合物)が関与していますが,これまでの常識では,ある物質が発現できる色は,少しの例外を除いて,一つであると信じられてきました。ところが,村井教授らは,自身の研究グループが合成に成功した低分子の蛍光化合物では,酸と反応すると発現する色が変化することを突き止めました。
 さらに,pHを変えることで単一の有機化合物による多彩な蛍光色を実現しました(図1および図2参照)。本研究では,村井教授らが開発した硫黄原子・窒素原子を組み込んだ新たな低分子有機化合物(アミノチアゾール)が塩基として作用し,酸を加えることで,単一分子による多彩な色の蛍光を実現したものです。また塩基と酸の当量比(注1)の微調整により白色発光も実現しました。
 本研究は,岐阜大学と京都大学との共同研究で,科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業 先導的物質変換領域(ACT-C)および日本学術振興会(JSPS)研究費助成事業「新学術領域研究」の一環として行われました。

 図1.青色の蛍光発光化合物に,酸を加えた時の発行色の変化
 始めの青色が徐々に薄くなって,およそ3当量加えた時点で白色になり,
 さらに酸を加えると橙色に変化している。
 図2.色度座標
 酸の添加が直線的な色の変化を可能にしていること
 を示している。












  • 図1は添加する酸の当量比で発光色が変化する様子(365 nmの紫外光を放射する電灯を照らした中での変化)です。
  • 図2は色度座標。発光色が酸の添加量に比例して変化しています。


先頭に戻る

今回の研究成果

村井教授

 村井教授らの研究グループは近年,硫黄原子と複数の窒素原子を導入した低分子有機化合物群(アミノチアゾール)の合成研究を展開してきました。その中で,五員環のある特定の位置に窒素原子を導入した新たな化合物が,蛍光を示すことを見いだしました。一般に多くの発光化合物は,化合物を構成している炭素骨格が平面状に存在しているのに対して,村井教授らの化合物は図3に示すように五員環の部分と窒素原子が導入された部分が大きくねじれています。研究グループはこの特徴的な分子構造に,異なる置換基(参考文献1)や元素(参考文献2)を組込むことで,発光色を青色から赤色まで制御しうることを明らかにしています。
 村井教授らは,この新たな蛍光化合物の特定の部位に塩基性官能基を導入することで,単一の蛍光発光分子でありながら,酸の添加という操作により発光色を微調整し,多彩な発光を実現できる系を構築しました。具体的には,青色蛍光化合物に塩酸を加えていくと,青色の蛍光は徐々に消え,代わって黄色の蛍光を示します。酸の選択によっても蛍光色が異なります。さらに,ある特定の酸との混合比を調整することで,たった一つの分子からなる,白色発光も実現しました。蛍光灯は,赤,緑,青色の組合せで白色発光を達成しています。それに対して,二色を組合せて白色発光を実現することもできます。その一つが青色と橙色です。ここでは先の当量比の微調整で,もともと青色発光化合物だったものの一部が,酸の作用で橙色発光化合物に変化し,これらで白色発光に至っています。
 この化合物の蛍光は酸と塩基の中和反応に由来するため,酸を加えて発光色を作成した後に,塩基を加えると,もとの青色発光色が再現されます。

 図3.新たな蛍光発光化合物の模式図
 図4.新たな蛍光発光化合物の分子構造モデル

先頭に戻る

将来的な応用の可能性

 今回の研究成果は,有機溶媒中における新たな蛍光発光化合物の反応を明らかにしたものです。今後,この化合物の水への可溶化や有機フィルム内への固定化が成功すれば,幅広い用途への応用が期待されます。将来的には有機EL(注2)照明や有機ELディスプレイ,重金属などを検出するための化学センサー(注3)チップなどへの応用などが期待されます。この化合物は単一の分子で多彩な色を発光するため,この化合物を応用した新しい製品は,製造工程の簡略化につながり,比較的低コストで普及できる可能性があります。


先頭に戻る

研究成果の意義

 今回の研究成果は,低分子有機化合物を用いた効率的な発光の提供に留まらず,外部刺激(酸の添加)を利用した発光色の調整という,これまであまり報告されていなかった新たな分野を切り開くものです。また新しい基本骨格をベースにした化合物を創出することで,発光現象に留まらず,独自の光吸収,酸化・還元,応力や熱などの外部刺激への応答でも,独自の挙動を発現することが期待されます。また,村井教授らはこれらの研究成果をベースに,有機エレクトロニクスさらにはフォトニクス分野で活用できる化合物ライブラリーを蓄積しています。

●既存の発光物質について(参考)

 蛍光灯は,電気エネルギーが光エネルギーを持つ紫外線に変換され,次いでその高いエネルギーを吸収した複数の化合物が,低いエネルギーの可視光を,主に赤,緑,青色の光の三原色で呈し,その組み合わせで白色発光に至っています。LEDライトは電気エネルギーを直接光エネルギーに変換し,同様の色の組み合わせを利用します。これらはいずれも無機化合物の組み合わせです。
 有機化合物でも,発光物質の存在は古くから知られています。有機ELは電圧をかけることで発光する有機物を利用しています。近年も,有機化合物は加工の容易さ,フィルム形成の可能性といった利便性があることから,様々な新しい蛍光発光性の有機化合物の開発が行われています。
 従来,発光性の無機化合物や有機化合物は,低分子化合物・高分子化合物いずれも,基本的には一つの化合物の発光色は一つで,異なる発光色を得るためには,異なる分子骨格を有する化合物を用いるか,一つの分子中に異なる色を発光できる部位を組み込む必要がありました。


  • (注1)塩基と酸の当量比
     塩基である分子と酸である分子の数の比のこと。
     通常「量」は,重さを言及し,等量といえば例えば塩基100 gに対して酸100 gを意味する。ただしこれでは,それぞれの分子量が違うので分子の数は等しくならない。化学反応で重要なのは反応する分子の数の比であり,それを言及する言葉が当量である。1当量とは,例えば塩基である分子100個に対して,酸である分子100個のことを意味する。
  • (注2)有機EL
     有機化合物から成る発光層による発光を伴う物理現象のことで,その現象を利用した製品一般も意味する。現在多く利用されている無機ELと比べ,加工が容易というメリットがあり,次世代の照明技術などで期待が高まっている。
  • (注3)化学センサー
     化学物質を検知することのできる仕組みや機器のこと。例えば水溶液中のイオンを検知するイオンセンサーや,生体物質を検知するバイオセンサーなどがある。

先頭に戻る

論文情報

  • タイトル:Acid-responsive Absorption and Emission of 5-N-Arylaminothiazoles: Emission of White Light from a Single Fluorescent Dye and a Lewis Acid
  • 論文著者:山口きらら*1(筆頭著者),村井利昭*1(研究責任者),Jing-Ding Guo*2,笹森貴裕*2,時任宣博*2
     (*1) 岐阜大学工学部・化学・生命工学科
     (*2) 京都大学化学研究所
  • 掲載雑誌:ChemistryOpen, DOI: 10.1002/open.201600059
  • 論文公開URL:http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/open.201600059/full

参考論文

【参考文献1】

  • タイトル:5-N-Arylaminothiazoles as Highly Twisted Fluorescent Monocyclic Heterocycles: Synthesis and Characterization
  • 論文著者:山口きらら*1(筆頭著者),村井利昭*1(研究責任者),長谷川早紀*1,三輪洋平*1,沓水祥一*1,丸山叔史*1,笹森貴裕*2,時任宣博*2
     (*1) 岐阜大学工学部・化学・生命工学科
     (*2) 京都大学化学研究所
  • 掲載雑誌:Journal of Organic Chemistry, 2015, 80, 10742-10756, http://dx.doi.org/10.1021/acs.joc.5b01963

【参考文献2】

  • タイトル:Reaction of Selenoamide Dianions with Thio- and Selenoformamides Leading to the Formation of 5-Aminoselenazoles: Photophysical and Electrochemical Properties
  • 論文著者:村井利昭*1(研究責任者),山口きらら*1,堀文彦*1,丸山叔史*1
     (*1) 岐阜大学工学部・化学・生命工学科
  • 掲載雑誌:Journal of Organic Chemistry, 2014, 79, 4930-4939, http://dx.doi.org/10.1021/jo500499g

【関連リンク】

2016.08.17

アイコンの詳細説明

  • 内部リンク
  • 独自サイト
  • 外部リンク
  • ファイルリンク