研究・採択情報

DIO3遺伝子欠失と甲状腺機能低下症の関連を世界で初めて報告

甲状腺ホルモンの「ブレーキ役」の喪失が、後のホルモン不足に関与

 岐阜大学大学院医学系研究科小児科学の堀 友博 併任講師、大西 秀典 教授らの研究グループは、岐阜県総合医療センター新生児内科/遺伝子診療科、広島大学大学院医系科学研究科小児科学との共同研究により、甲状腺ホルモン(注1)の働きを調節する「DIO3遺伝子(注2)」の欠失と、乳児期に発症する中枢性甲状腺機能低下症(注3)との関連を、世界で初めてヒトで報告しました。
 甲状腺ホルモンは子どもの成長・発達に不可欠です。DIO3遺伝子は、特に胎児期から乳児期にかけて、甲状腺ホルモンが過剰に作用するのを防ぐ「ブレーキ役」を担います。マウスでは、この遺伝子が働かなくなると、生後早期に甲状腺ホルモンが過剰に作用し、その後、逆にホルモンが不足することが知られていました。また、DIO3遺伝子は、父親由来と母親由来で働き方が異なる「ゲノムインプリンティング(注4)」という仕組みを持っています。
 本研究では、ヒトにおける父親由来DIO3遺伝子の欠失と乳児期発症中枢性甲状腺機能低下症との関連を明らかにしました。さらに、免疫機能に関わる「TRAF3遺伝子(注5)」も同時に欠失しており、甲状腺と免疫の両方に関わる新たな病態の可能性を示しました。
 本研究は、これまで基礎研究で予測されていたDIO3遺伝子の役割を、ヒトの病気と結びつけた世界初の報告です。この成果は、DIO3関連中枢性甲状腺機能低下症の早期診断と適切な治療を通じて成長や発達への影響を防ぐことに貢献するとともに、甲状腺ホルモンの調節やゲノムインプリンティングの仕組みの解明に向けた、新たな研究の出発点となることが期待されます。
 本研究成果は、2026年10月24日に、米国甲状腺学会(American Thyroid Association)の公式学術誌 『Thyroid』 のオンライン版で発表されました。
 

図
 

本研究のポイント

  • 甲状腺ホルモンの働きを弱める役割を持つ「DIO3遺伝子」の欠失が、乳児期に発症する中枢性甲状腺機能低下症に関係することを、世界で初めてヒトで報告しました。特に父親から受け継いだDIO3遺伝子が失われていることが重要な特徴です。
  • DIO3遺伝子は、胎児期から乳児期にかけて、甲状腺ホルモンの過剰な作用を防ぐ重要な役割を担っています。これまでのマウスを用いた研究では、この遺伝子が働かなくなると、生後早期に甲状腺ホルモンが過剰に作用し、その後、逆にホルモンが不足することが示されていました。今回の発見は、この仕組みがヒトの病気にも関わる可能性を示すものです。
  • DIO3遺伝子と、免疫機能に関わる「TRAF3遺伝子」が同時に失われることで、甲状腺と免疫の両方に影響する新たな病態が生じる可能性を示しました。また、聴覚への影響も考えられ、今後、甲状腺・免疫・聴覚に関わる新しい症候群として確立される可能性があります。
  • このような病態では、出生直後の甲状腺検査が正常であっても、その後に甲状腺ホルモンの不足が現れる可能性があります。新生児期の免疫や聴力のスクリーニング検査が、病気に気づく手がかりとなる可能性もあり、早期発見と継続的な甲状腺機能の確認、適切な治療によって、子どもの成長や発達への影響を防ぐことが期待されます。

詳しい研究内容について

DIO3遺伝子欠失と甲状腺機能低下症の関連を世界で初めて報告
~甲状腺ホルモンの「ブレーキ役」の喪失が、後のホルモン不足に関与~

論文情報

  • 雑誌名:Thyroid
  • 論文名:Paternally Inherited DIO3 Loss and Infantile-Onset Central Hypothyroidism: Human Evidence for a Novel Mechanism of Hypothalamic-Pituitary-Thyroid Axis Dysregulation
  • 著 者:Tomohiro Hori, Hiroshi Ito, Tatsuya Sakashita, Toshinari Koyama, Masahiro Shimozawa, Mai Mori, Saori Kadowaki, Hideki Matsumoto, Hideo Sasai, Fumiaki Sakura, Yutaka Yamamoto, Satoshi Okada, Hidenori Ohnishi
  • DOI:10.1177/10507256261500920

用語解説

  • (注1) 甲状腺・甲状腺ホルモン
    甲状腺は首の前側にある蝶のような形をした臓器で、身体の成長や代謝を調節する甲状腺ホルモンを作っています。甲状腺ホルモンには主にT4(サイロキシン)とT3(トリヨードサイロニン)があり、特にT3が細胞内で強い作用を示します。胎児期から小児期にかけての脳や骨の発達、身体の成長に重要な役割を担っています。

  • (注2) DIO3遺伝子
    DIO3遺伝子は、甲状腺ホルモンを不活性化する「3型ヨードチロニン脱ヨード酵素(D3)」を作ります。D3は、甲状腺ホルモンのT4をホルモン作用のほとんどないリバースT3(rT3)に、また、強い甲状腺ホルモン作用を持つT3を不活性な物質に変えることで、甲状腺ホルモンの働きを弱めます。特に胎児期から出生後早期にかけては、脳をはじめとするさまざまな臓器で甲状腺ホルモンが過剰に作用するのを防ぎ、正常な発達を支える重要な役割を担っています。マウスでは、DIO3遺伝子の働きが失われると、胎児期から出生後早期にかけて甲状腺ホルモンが過剰に作用し、その後、中枢性甲状腺機能低下症を発症することが示されています。

  • (注3) 中枢性甲状腺機能低下症
    甲状腺そのものではなく、脳の視床下部や下垂体から甲状腺への指令が十分に働かないことによって、甲状腺ホルモンが不足する病気です。通常、甲状腺そのものに異常があって甲状腺ホルモンが不足すると、下垂体から甲状腺刺激ホルモン(TSH)が多く分泌され、甲状腺ホルモンの分泌を促そうとします。しかし、中枢性甲状腺機能低下症では、脳からの指令を出す仕組みに異常があるため、TSHが十分に分泌されず、甲状腺ホルモンが不足した状態となります。

  • (注4) ゲノムインプリンティング
    私たちは、通常、父親と母親の両方から遺伝子を受け継ぎますが、一部の遺伝子では、父親由来か母親由来かによって働き方が異なります。この仕組みを「ゲノムインプリンティング」と呼びます。こうした遺伝子では、どちらの親から受け継いだ遺伝子に異常が生じるかによって、病気の発症や症状が異なることがあります。ゲノムインプリンティングの異常によって生じる病気を「インプリンティング疾患」と呼び、現在、10種類前後が独立した疾患として確立されています。DIO3もこの仕組みを持つ遺伝子の一つで、ヒトの一部の組織では、父親から受け継いだ遺伝子がより強く働くことが報告されています。

  • (注5) TRAF3遺伝子
    TRAF3遺伝子は、免疫細胞の働きや、感染症に対する身体の防御反応を調節しています。この遺伝子の一方が欠失するなどして働きが低下する「TRAF3ハプロ不全症」は、2022年に初めて報告された新しい先天性免疫異常症です。T細胞などの免疫細胞の数や働きに異常が生じ、感染症に対する抵抗力の低下や、本来は自分の身体を守る免疫が誤って自分自身を攻撃する自己免疫疾患などを引き起こすことがあります。症状やその程度には個人差があることが知られています。TRAF3遺伝子は、14番染色体の長腕末端(テロメア)近くに位置し、DIO3遺伝子と近接しているため、染色体の一部が失われる際に、両方の遺伝子が同時に欠失する可能性があります。