酵母はなぜ自ら作ったエタノールで死なないのか?
特定の膜脂質がエタノール耐性獲得のカギであることを解明
出芽酵母(注1)は、糖を分解してエタノールに変換する「発酵」を行う微生物であり、食品製造やバイオエネルギー生産など、私たちの暮らしや産業に大きく貢献しています。一方で、エタノールは細胞膜や細胞壁の構造・機能を乱すため、細胞にとって有害な物質でもあります。それにもかかわらず、出芽酵母は自らエタノール発酵を行いながら、自身が生産するエタノールに対して高い耐性を示します。このような高いエタノール耐性を支える分子基盤については、不明な点が多く残されていました。
岐阜大学応用生物科学部応用生命化学科の谷 元洋教授の研究グループは、食農生命科学科の中川 智行教授との共同研究で、複合スフィンゴ脂質(注2)の一種である「マンノシルイノシトールホスホリルセラミド (MIPC)」の生合成が、出芽酵母のエタノール耐性獲得に重要な役割を果たすことを明らかにしました。
本研究は、「エタノールは細胞にとって毒である」という普遍的な事実に対して、生物がどのように抵抗性を獲得しているのかという基本的な問いに新たな知見を提供するものです。さらに、本知見は産業で利用される出芽酵母のエタノールストレス耐性強化に向けた新たな育種戦略の基盤となることが期待されます。
本研究成果は、現地時間2026年5月21日に国際学術誌「Molecular Microbiology」オンライン版に掲載されました。

MIPC生合成欠損株におけるエタノール耐性低下
本研究のポイント
- 出芽酵母が高濃度のエタノール環境下でも生き続けられるのは、複合スフィンゴ脂質の一つである「マンノシルイノシトールホスホリルセラミド (MIPC)」の生合成が深く関わっていることを明らかにしました。
- MIPCを合成できない酵母では、エタノール存在下で細胞壁(注3)・細胞膜を含む細胞表層の恒常性を維持できず、エタノール耐性が大きく低下することを明らかにしました。
- MIPCの生合成は、酵母が発酵によって自ら生産する高濃度エタノール環境下でも生育を続けるために重要であることを明らかにしました。
詳しい研究内容について
酵母はなぜ自ら作ったエタノールで死なないのか?
-特定の膜脂質がエタノール耐性獲得のカギであることを解明-
論文情報
- 雑誌名:Molecular Microbiology
- 論文名:Mannosylinositol phosphorylceramide biosynthesis is required for cell surface adaptation to ethanol stress in Saccharomyces cerevisiae
- 著 者:Saki Sugihara, Reo Susami, Ayano Koga, Shion Ito, Tomoyuki Nakagawa, and Motohiro Tani* (*責任著者)
- DOI:10.1111/mmi.70079
用語解説
- 注1 出芽酵母
食品発酵に使われる単細胞の真核生物で、細胞の基本的な仕組みを研究するモデル生物として広く利用されている。 - 注2 複合スフィンゴ脂質
真核生物の生体膜を構成する脂質の一群で、細胞の構造維持、情報伝達、物質輸送、ストレス応答などに関与している。 - 注3 細胞壁
細菌の系統関係を調べるために広く用いられる遺伝子解析手法で、細菌同定の基本となる。