研究・採択情報

量子センシング技術を活用した生体内における複数のアミノペプチダーゼ活性の同時検出

腫瘍の高精度分類と抗がん剤の早期治療効果判定への応用性を実証

 東京大学大学院工学系研究科の谷田部 浩行 助教、齋藤 雄太朗 助教、山東 信介 教授、量子科学技術研究開発機構(QST)の齋藤 圭太 主任技術員、小池 歩 研究員、高草木 洋一 グループリーダー、岐阜大学のAbdelazim Elsayed Elhelaly特任講師、兵藤 文紀 教授、松尾 政之 教授、大阪大学量子情報・量子生命研究センターの水上 渉 教授、東京大学先端科学技術研究センターの菅谷 麻希 博士研究員、大澤 毅 准教授、米国国立衛生研究所の山本 和俊 上級研究員、Murali Cherukuri Krishna主任研究員らの研究グループは、生体内で同時に複数の酵素活性を計測可能な超核偏極MRI分子プローブ群(注1、2)を合理設計し、生体内のアミノペプチダーゼ活性の同時検出に世界で初めて成功しました。
 レニン-アンジオテンシン系の代謝反応を触媒するアミノペプチダーゼは、血管新生や腫瘍成長に深く関与する酵素群であり、それらの生体内における活性バランスを直接評価する方法の開発は、疾患診断や治療効果判定において重要な課題でした。超核偏極は、核磁気共鳴法(NMR/MRI)(注3)の検出感度を飛躍的に高める量子センシング技術(注4)として注目されていますが、超核偏極状態の寿命が数十秒に限られていることや、高感度化に適した分子構造に制約があることから、これまで生体内で同時に解析できる分子種や酵素反応は限定的でした。特に、多重解析を行うためには、十分に長い高感度化時間を維持しつつ、NMR/MRI スペクトル上にて各分子プローブとそれらの代謝産物とが互いに重ならないNMR/MRI信号を与える、つまりはすべての成分が異なる化学シフト(注5)を示して完全に分離できるような分子設計が求められていました。
 研究グループは、量子化学計算と実験的評価を統合した分子設計戦略により、酵素反応性を担う分子構造要素と、NMR/MRI信号の化学シフトを制御する分子構造要素を分離・最適化しました。その結果、複数の超核偏極MRI分子プローブを同時に使用しても、それぞれの代謝反応を生体内で識別可能な分子プローブ群を開発しました。さらに、これらを用いてモデルマウスの腫瘍内における複数のアミノペプチダーゼ活性の同時検出に成功し、抗血管新生薬スニチニブ治療に伴う酵素活性変化を、腫瘍サイズの変化に先立って検出できる可能性を示しました。 本研究で確立した分子設計原理と超核偏極MRI多重解析技術は、複数の酵素活性の同時検出に基づいて高精度かつ非侵襲的に病態を評価するための新しい画像診断技術の開発基盤として、その応用展開が期待されます。
 本研究成果は2026年2月26日(米国太平洋時間)に米国化学会が出版する科学誌「Journal of the American Chemical Society」オンライン版に掲載されます。

研究の概要
研究の概要

詳しい研究内容について

量子センシング技術を活用した
生体内における複数のアミノペプチダーゼ活性の同時検出

論文情報

  • 雑誌名:Journal of the American Chemical Society
  • 論文名:In vivo multiplexed analysis of aminopeptidase activities by hyperpolarized molecular probes for tumor diagnostic applications
  • 著 者:Hiroyuki Yatabe, Keita Saito, Ayumi Koike, Yoichi Takakusagi, Abdelazim E. Elhelaly, Fuminori Hyodo, Masayuki Matsuo, Wataru Mizukami, Maki Sugaya, Tsuyoshi Osawa, Kazutoshi Yamamoto, Murali C. Krishna, Yutaro Saito, Shinsuke Sando*
  • DOI:10.1021/jacs.5c16910

用語解説

  • [1] 超核偏極技術
    核磁気共鳴法の検出感度を劇的に向上させる量子センシング技術。超核偏極技術の中で最も広く使われている動的核偏極法では、核磁気共鳴法の検出対象となる安定同位体で標識された分子(分子プローブ)と、偏極源となる安定ラジカル分子をガラス状態の溶媒中で混合し、極低温・高磁場下にてマイクロ波を照射することで、核磁気共鳴法の検出感度が向上した超高感度化状態を作り出す。
  • [2] 分子プローブ
    分子の置かれた周辺環境やその変化、化学反応などを引き金として、信号を変化させる分子。
  • [3] 核磁気共鳴法
    外部磁場中の核スピンに対してラジオ波を照射することにより核スピンの置かれた環境に関する情報を取得する技術。NMRと略される。その中でも、画像化技術である核磁気共鳴イメージング法(MRI)は非侵襲的な画像診断技術として広く用いられている。
  • [4] 量子センシング技術
    量子性を利用して、物質や環境のさまざまな物理量を計測する技術。古典的な計測技術の感度や精度の限界を超えた超高感度な計測を実現できる。
  • [5] 化学シフト
    核磁気共鳴法で観測される信号の周波数を表す指標。分子の構造や周囲の環境によって信号の位置が少しずつずれるため、複数の分子が同時に存在していても、それぞれを別々の信号として見分けることができる。