妊娠に必須であるマクロファージを同定
制御性T細胞(Treg)の集積を導く免疫寛容機構を解明
岐阜大学応用生物科学部獣医外科学・One Medicineトランスレーショナルリサーチセンターの宮脇 慎吾 准教授、名古屋大学大学院医学系研究科人間拡張・手の外科学の大木 拓究人 特任助教、平田 仁 特任教授、公益財団法人実中研の末松 誠 所長らの研究グループは、Tregを子宮内膜へ集積させるCD169(*1)陽性マクロファージ(*2)を新たに発見し、妊孕性に必須であることを明らかにしました。妊娠の成立には、受精卵が子宮内膜に受け入れられる過程である「着床」が不可欠です。子宮内膜は着床の際に、本来であれば排除され得る「異物」である受精卵を受け入れるため、特異的な免疫環境を整える必要があります。制御性T細胞(Treg)(*3)は、過剰な炎症反応を抑制し自己免疫疾患などの発症を防ぐ免疫細胞です。これまでの研究で、Tregが子宮内膜で働くことが妊娠の成立に不可欠であることが明らかになっていました。しかし、Tregがどのような仕組みで子宮内膜へ集積するのかについては、十分に解明されていませんでした。
本研究では、マウスの子宮内膜の全免疫細胞をシングルセルRNA-seq(scRNA-seq)(*4)により解析し、CD169を発現するマクロファージを同定しました。着床直前の子宮組織を免疫染色で解析した結果、CD169陽性マクロファージの近傍にTregが集積していることを見出しました。CD169陽性マクロファージは、免疫寛容に関わる遺伝子群(*5)に加え、CCL8を筆頭にケモカイン(*6)を多く産生する特徴を有していました。そこで、CD169陽性マクロファージの欠損/除去モデル(*7)を用いて解析した結果、子宮でのTreg集積が低下し、着床が成立しないことが明らかになりました。これらの結果は、CD169陽性マクロファージが着床期における免疫環境形成、特にTregの集積に寄与することを示しています。また、ヒトの子宮内膜でも、解析した全検体でCD169陽性マクロファージに相当する細胞が確認され、不妊・不育症(*8)の新たな治療標的となる可能性を示しました。
本成果は、着床期における免疫環境形成の理解を大きく前進させるものであり、原因不明の不妊・不育に関わる免疫学的基盤の解明に資するだけでなく、将来的には免疫環境を標的とした診断・治療戦略の検討につながることが期待されます。
本研究成果は、2026年2月19日付で『Cell Reports』に掲載されました。

CD169陽性マイクロファージは妊孕性に必須である
本研究のポイント
- 子宮に存在する妊娠成立に必要なマクロファージを世界で初めて同定しました。
- 同定したマクロファージはCD169(Siglec-1)を発現し、着床の際に制御性T細胞(Treg)を子宮に集める役割を持つことを明らかにしました。
- CD169陽性マクロファージの機能低下/除去モデルではTregの集積が障害され、着床が成立しないことを示しました。
- CD169陽性マクロファージが産生するケモカイン(例:CCL8 など)が、Tregの集積を促す機構の一端であることを明らかにしました。
- ヒトの子宮内膜でも、Tregを集積させ得るCD169陽性マクロファージに相当する細胞の存在を示し、不妊・不育症の新たな治療標的となる可能性を示しました。
詳しい研究内容について
妊娠に必須であるマクロファージを同定
~制御性T細胞(Treg)の集積を導く免疫寛容機構を解明~
論文情報
- 雑誌名:Cell Reports
- 論文名:Identification of endometrial CD169+ macrophages essential for Treg cell accumulation and implantation
- 著 者:Takuto Ohki*, Shingo Miyawaki**, Tsunaki Higa, Hiroki Yamazaki, Hiromu Okaki, Ryusuke Nakajima, Kai Kitamura, Megumi G. Nakagawa, Tsukasa Sanosaka, Hitoshi Tsugawa, Kurara Honda, Akihiro Hirata, Takeshi Goto, Mika Handa, Katsuhiro Tokutake, Sota Saeki, Michiro Yamamoto, Kazuhiro Watanabe, Sadatoshi Maeda, Masaki Takasu, Yuki Sugiura, Tsuyoshi Takiuchi, Jun Kohyama, Makoto Suematsu, and Hitoshi Hirata
*責任著者、**共同責任著者 - DOI:10.1016/j.celrep.2026.117040
用語解説
- *1 CD169(Siglec-1)
免疫細胞の表面にある分子(タンパク質)の一つで、特定のマクロファージ集団で高く発現します。本研究では、このCD169を手がかりに、着床期の免疫環境形成に関わるマクロファージを同定しました。 - *2 マクロファージ
免疫細胞の一種で、体内に侵入した病原体や不要になった細胞成分を取り込み、分解・除去する働きを担います。さらに、各組織に常在して炎症を抑えたり修復を助けたりするなど、組織の環境を整える役割もあります。 - *3 制御性T細胞(Treg)
過剰な免疫反応を抑えて体を守るT細胞の一種です。妊娠では、母体が胎児(母体にとっては非自己成分を含む)を受け入れるための免疫寛容の維持に重要と考えられています。坂口志文先生によって発見され、2025年にはノーベル賞を受賞されました。 - *4 シングルセルRNA-seq(scRNA-seq)
組織を構成する細胞を1個ずつ解析し、それぞれの細胞でどの遺伝子がどの程度働いているか(遺伝子発現)を調べる手法です。似た細胞でも状態の違いを区別でき、組織内に存在する多様な細胞集団の同定に有効です。 - *5 免疫寛容に関わる遺伝子群
免疫寛容とは、炎症反応を抑制し受け入れる状態を指します。妊娠では、胎児を排除しない免疫環境が必要になります。免疫寛容に関わる遺伝子群とは、炎症を抑える働きに関わる遺伝子(例:Il10 など)の総称です。 - *6 ケモカイン
免疫細胞の移動を制御するシグナル分子です。ケモカインがある場所へ免疫細胞が引き寄せられることで、局所の免疫環境が形づくられます。本研究では、CD169陽性マクロファージがCCL8などのケモカインを産生し、Tregの集積を誘導することを示しました。 - *7 CD169陽性マクロファージの欠損/除去モデル
CD169を発現する細胞に生体内で選択的に細胞死を誘導し、その役割を検証できる実験動物モデルです。特定の細胞だけを操作できるため、妊娠成立などの現象に対する因果関係の評価に用いられます。 - *8 不妊・不育症
不妊は、一定期間妊娠を希望しているにもかかわらず妊娠が成立しない状態を指します。不育症は、妊娠しても流産や死産などを繰り返し、出産に至りにくい状態を指します。