研究・採択情報

指定難病「副腎白質ジストロフィー」診断の鍵となるマーカー分子の産生酵素を発見

 映画『ロレンツォのオイル/命の詩』のテーマとなった病気としても知られる、副腎白質ジストロフィー※1(日本の指定難病20)※2は、生まれつきの遺伝子の異常によって起こります。この病気の患者では、脳に炎症が起きて神経の働きが障害されたり、副腎※3と呼ばれる臓器の機能が低下したりします。現在、有効な治療法として知られているのは造血幹細胞移植※4です。しかし、この方法を用いても一度失われた脳の機能を元どおりに回復させることは難しく、脳の機能が失われてしまう前に、できるだけ早い段階で治療を始めることが非常に重要です。このため、病気を早期に見つける目的で、生まれたばかりの赤ちゃんを対象とした検査(新生児スクリーニング※5)が、アメリカやヨーロッパを中心に、近年では日本でも行われています。この検査では、「C26:0-リゾホスファチジルコリン」という物質が診断の目印(診断マーカー)として使われています。しかし、なぜ副腎白質ジストロフィーの患者さんでは、この物質が体の中で増えるのかについては、これまで詳しく分かっていませんでした。
 今回、帝京大学薬学部 物理薬剤学研究室 濱弘太郎 准教授(帝京大学先端総合研究機構)、藤原優子 講師、横山和明 教授、薬物治療学研究室 日下部吉男 講師、岐阜大学科学研究基盤センター ゲノム研究分野 下澤伸行 特任教授、糖鎖生命コア研究所 高島茂雄 准教授、静岡県立大薬学部 医薬品製造科学講座 滝田良 教授、今井瑚子 大学院生、近藤健 助教らの研究グループは、副腎白質ジストロフィーの診断マーカーとして使われている物質「C26:0-リゾホスファチジルコリン」が、細胞の中でどのように作られるのかを調べました。その結果、この物質のもとになる「C26:0-ホスファチジルコリン」という物質に注目することで、産生に重要な役割を果たす酵素を見つけることに成功しました。
 本成果により、病気の進行をより正確に予測できるなど、診断の精度向上につながることが期待されます。また、診断マーカーであるC26:0-リゾホスファチジルコリンそのものが、病気の発症や進行にどのように関わっているのかについても、今後の研究が進むと期待されます。
 本研究成果は2025年12月30日(火)14時(日本時間)に「Journal of Lipid Research」に掲載されました。

C26:0-リゾホスファチジルコリンの産生過程
C26:0-リゾホスファチジルコリンの産生過程

本研究のポイント

  • 副腎白質ジストロフィーの診断マーカー(C26:0-リゾホスファチジルコリン)の産生に関与する酵素を同定しました。
  • 同定した酵素が働く仕組みを、分子動力学シミュレーション※6を用いて、原子・分子レベルで明らかにしました。
  • 診断マーカー分子の産生機序が解明されることで、副腎白質ジストロフィーのより正確な診断や、病態の発症機序の解明に貢献することが期待されます。

詳しい研究内容について

指定難病「副腎白質ジストロフィー」診断の鍵となるマーカー分子の産生酵素を発見

論文情報

  • 雑誌名:Journal of Lipid Research
  • 論文名:Phosphatidylcholine with C26:0-moiety, a precursor of a diagnostic marker for X-ALD, is synthesized by LPLAT10/LPEAT2
  • 著 者:Kotaro Hama*, Yuko Fujiwara, Koko Imai, Yoshio Kusakabe, Yasuhiro Hayashi, Shigeo Takashima, Shohei Azuma, Masaru Kondo, Atsushi Yamashita, Ryo Takita, Nobuyuki Shimozawa, and Kazuaki Yokoyama
    (* Corresponding author)
  • DOI:10.1016/j.jlr.2025.100973

用語解説

  • ※1 副腎白質ジストロフィー
    遺伝子の異常によって極長鎖脂肪酸が体内に蓄積する先天性の代謝性疾患です。主に脳の白質に炎症や脱髄を引き起こし、神経症状が進行するほか、副腎の機能低下によるホルモン異常を伴うことがあります。重症化すると生命に関わるため、新生児期からの早期診断と適切な治療介入が重要とされています。
  • ※2 指定難病
    患者数が少なく、原因の解明や治療法の確立が十分に進んでいない難治性の疾患のうち、国が定めた基準にもとづき厚生労働大臣が指定した病気です。指定難病に認定されると、患者の医療費負担を軽減するための公的支援を受けることができます。
  • ※3 副腎
    腎臓の上にある小さな臓器で、体内のストレス応答や代謝、血圧の調節などに関わるホルモンを分泌しています。生命維持に欠かせない重要な役割を担っています。
  • ※4 造血幹細胞移植
    血液や免疫細胞のもととなる造血幹細胞を体内に移植し、正常な血液や免疫の働きを回復させる治療法です。副腎白質ジストロフィーなどでは、病気の進行を抑える目的で行われます。
  • ※5 新生児スクリーニング
    生まれて間もない赤ちゃんの血液を用いて、先天性の代謝異常などの病気を早期に発見する検査です。発症前に診断し、早期に治療や経過観察を行うことで、重篤な症状の発現を防ぐことを目的としています。副腎白質ジストロフィーに関する新生児スクリーニングはアメリカで開始されました。日本においても昨年までに全国21県で行われています。
  • ※6 分子動力学シミュレーション
    原子や分子の動きをコンピュータ上で計算し、時間とともにどのように振る舞うかを再現する手法です。分子同士の相互作用や構造変化を理解するために、生命科学や材料科学の研究で広く用いられています。