無害な光を用いたイメージングによる細胞内DNA・RNAの同時検出
細胞老化・損傷の超早期発見による疾病予防・治療に向けて
細胞老化や細胞死に至る細胞のダメージを早期に発見することは、さまざまな病気の治療戦略開発の鍵となります。そのためには、発症から終末までの細胞の変化を観察する(細胞イメージング)ことが不可欠です。現行手法の多くが、可視光や紫外光などの細胞に有害な光を用いていること、複数の損傷状態を同時に検出する感度や能力に欠けることなどの問題を抱えています。このため、しばしば、疾病の発見が遅れたり、治療後の細胞運命の全体像が不完全になったり、治療効果に誤った結論が導かれたりします。それらの問題を解決するために、細胞に無害な赤外光~近赤外光励起を用いて、細胞状態を完全に把握する汎用的かつ高感度なイメージング方法の開発が望まれています。
国立研究開発法人物質・材料研究機構(NIMS)は、名古屋大学、岐阜大学、アデレード大学との共同研究により、無害な赤外光~近赤外光を用いて細胞内のDNAとRNAを同時にイメージングする方法を開発しました。本研究により、細胞死の全段階を高精度で検出することが可能になりました。これは、疾患予防のための細胞老化と損傷の早期発見につながります。
本研究成果は、2025年10月23日にオープンアクセス誌Science Advancesのオンライン版に掲載されました。
細胞に無害な赤色光~近赤外光を2種類用いて励起することにより細胞内でDNAとRNAを同時に見分ける(左)と細胞が老化していくのがわかる(右)
研究のポイント
今回、研究チームは、DNAとRNAに対して異なる結合様式を示す蛍光色素プローブ(注1)(N-ヘテロアセン色素(注2))を用いて、細胞に無害な二種類の光を同時に照射し、その蛍光を観測することで細胞内のDNAとRNAの両方を安全かつ同時に可視化することに成功しました。DNAイメージングによる持続的な細胞損傷評価に加えて、RNAイメージングが細胞損傷や細胞老化の初期予測においてより高い感度を提供することを明らかにしました。このDNA・RNAの同時イメージングによって、細胞損傷の初期評価と細胞死の全四段階の高精度検出が可能になりました。これらの知見は、単一細胞の状態遷移を可視化する戦略として、現在利用可能なあらゆるイメージングシステムの限界を超える方法になります。細胞の損傷や老化を超早期に発見することが可能となり、細胞毒性を最小限に抑えたイメージングワークフローを通して、生細胞の検査による疾病の発見やハイスループット創薬スクリーニングへの応用が期待されます。詳しい研究内容について
無害な光を用いたイメージングによる細胞内DNA・RNAの同時検出
細胞老化・損傷の超早期発見による疾病予防・治療に向けて
論文情報
- 雑誌名:Science Advances
- 論文名:Visualizing the Chronicle of Multiple Cell Fates using a Near-IR Dual-RNA/DNA-Targeting Probe
- 著 者:Linawati Sutrisno,* Gary J. Richards, Jack D. Evans, Michio Matsumoto, Xianglan Li, Koichiro Uto, Jonathan P. Hill,* Masayasu Taki,* Shigehiro Yamaguchi,* Katsuhiko Ariga*
- DOI:10.1126/sciadv.adz6633
用語解説
- (注1) 蛍光色素プローブ:
特定の生体分子に相互作用したり、反応したりすることで蛍光を発し、それを光らせることで可視化・検出することのできる色素分子 - (注2) N-ヘテロアセン色素:
窒素原子を含むベンゼン環が連結した有機分子の一種。強い光吸収・発光特性を持つため、イメージングやエレクトロニクス分野で高く評価されている。分子の設計によって励起や発光の波長を変えることができ、大変有用である。