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植物の効率的な窒素栄養獲得戦略における新発見 〜リン酸やカリウム欠乏応答を担う遺伝子が植物硝酸応答も制御する〜

 本研究は、筆頭著者である時澤睦朋博士研究員(岐阜大学連合農学研究科出身)が中心となり、東海国立大学機構 岐阜大学応用生物科学部小山博之教授の研究グループ(榎本拓央博士研究員、小林佑理子准教授、山本義治教授)と、カナダ サスカチュワン大学 Global Institute for food securityのLeon Kochian教授の研究グループ(時澤睦朋博士研究員、Rahul Chandnani博士研究員、Javier Mora-Macías博士研究員、 Connor Burbridge修士課程学生、Alma Armenta-Medina博士研究員)との国際共同研究により実施したものです。両グループは共同して解析を進め、硝酸濃度に依存して側根の形成を制御することによる可塑的な根系構造変化の分子メカニズムを解明しました。このメカニズムは、植物が土壌中に不均一に分布する硝酸を効率的に獲得するために、周辺土壌の硝酸分布に根系を最適化させる応答です。硝酸は作物が土壌から吸収する主要な窒素源で、作物の収量や品質を決定します。そのため、作物の窒素利用効率を高める作物育種研究に応用されることが期待されます。さらに、同定した経路を制御する遺伝子STOP1は、これまでに植物のリン酸やカリウム欠乏応答を制御することが報告されており、同一遺伝子が植物の三大栄養源である窒素、リン酸、カリウムの応答全てに関与していることが示されました。
 本研究成果は、2023年8月23日にProceedings of the National Academy of Sciences誌のオンライン版で発表されました。

20230821.png 図. 転写因子STOP1とTCP20が制御する植物の硝酸依存的な根系構造改変の分子メカニズム

発表のポイント

  • 硝酸態窒素1)は作物の収量や品質を決定する最も重要な栄養源ですが、窒素肥料製造には莫大なエネルギーを使用するため、窒素利用効率が高い作物を育成することは、農業の脱炭素化を進めるために重要です。
  • 植物は窒素が高い土壌領域で側根を発達させ、窒素が少ない領域では側根を発達させない仕組みを持ちます。これは、自らの持つ限られた成長リソースを効率的に利用して、土壌中に不均一に存在する硝酸を吸収するメカニズムです。
  • 本研究では、硝酸濃度の低い土壌領域で根の発達抑制を担う新規の制御経路を発見しました。転写因子2)であるSTOP1は、別の転写因子TCP20と協調的に硝酸とオーキシンを輸送するNRT1.1という輸送タンパク質の発現を制御することを同定しました。NRT1.1の低硝酸土壌領域でのオーキシン輸送が側根発達抑制を管理することが報告されており、両者(STOP1とTCP20) の機能欠損により低硝酸領域でも側根を形成し、適切な根系構造の管理ができなくなることを見出しました(図)。
  • 発見した制御経路の主役である転写因子STOP1は、岐阜大学小山教授研究グループが2007年に酸性土壌耐性発現を制御する遺伝子として同定し、その後、リン酸やカリウム欠乏応答に関わることが岐阜大学と海外の研究により報告されています3)。そのため、今回の発見により、肥料三要素(窒素、リン酸、カリウム)の全ての応答にSTOP1が関与することが示され、これを標的とした改良研究が持続可能な農業の確立に貢献することが期待されます。

詳しい研究内容について

植物の効率的な窒素栄養獲得戦略における新発見
  〜リン酸やカリウム欠乏応答を担う遺伝子が植物硝酸応答も制御する〜

論文情報

  • 雑誌名:Proceedings of the National Academy of Sciences
  • 論文名:The transcription factors, STOP1 and TCP20, are required for root system architecture alterations in response to nitrate deficiency
  • 著 者:時澤睦朋+[a]、榎本拓央+[b]、Rahul Chandnani[a, c], Javier Mora-Macías[a], Connor Burbridge[a], Alma Armenta-Medina[a], 小林佑理子[b], 山本義治[b, d], 小山博之*[b], Leon V. Kochian*[a]( +:筆頭著者、*:責任著者)
  • 所 属:
    [a] Global Institute for food security
    [b] 岐阜大学応用生物科学部
    [c] NRgene Canada Inc.
    [d] 理化学研究所 環境資源科学研究センター
  • DOI番号: 10.1073/pnas.2300446120 

用語解説

  • 1) 硝酸態窒素:
    植物は栄養分として窒素を直接吸収することはできません。土壌中に含まれる窒素は、微生物による分解や変化の過程を経て次第に酸化し、硝酸態窒素などになります。この硝酸態窒素は、作物を含むほとんどの作物の主要な窒素源です。
  • 2)転写因子とプロモーター:
    生物の遺伝子の転写制御(タンパク質合成の鋳型となるmRNAの合成)は、転写因子と呼ばれるDNA結合タンパク質がプロモーター領域と呼ばれるゲノム領域に結合することで、遺伝子のm RNAの合成量やタイミングが決定される。
  • 3)
    2019年に、岐阜大学小山博之研究グループは、STOP1転写因子が高親和性カリウムトランスポーターAKT1やHAK5の活性化を行うCIPK23の転写を直接的に活性化することで、カリウム欠乏耐性に必須であることを報告しています。また、2017年に本研究論文の共同著者であるJavier Mora-Macías博士研究員らは、STOP1が転写活性化するリンゴ酸トランスポーターALMT1を介して、リン酸欠乏とそれにより誘導される鉄過剰による根系構造の改変を制御していることを報告しています。

2023.08.24

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