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国内医療ビッグデータを用いた解析により実臨床における糖尿病薬DPP-4阻害薬の安全性を確認

 岐阜大学大学院医学系研究科教授・関西電力医学研究所副所長の矢部大介らのグループは、国内の医療ビッグデータを用いて、DPP-4(ディー・ピー・ピー・フォー)阻害薬 注1)の使用が他の経口糖尿病薬と比較して、膵癌 注2)の発症リスクを上昇させないことを明らかにしました。わが国で糖尿病治療薬の処方を受ける人の6割以上に使用されるDPP-4阻害薬は、臨床開発治験や市販後調査により十分な安全性、有効性が確認されてきました。しかし、実験動物を用いた一部の研究結果から、DPP-4阻害薬の使用が膵癌の発症リスク上昇を危惧する声がありました。世界規模で行われたDPP-4阻害薬の臨床研究の多くで、DPP-4阻害薬による膵癌の発症リスク上昇は認められていません。しかし、膵癌に対する安全性を証明するには多数の患者を長期間観察する必要があり、これまでに行われてきた臨床研究では不十分とされてきました。
 今回の診療上得られる医療データを用いた検討は、リアルワールドエビデンス研究 注3)と呼ばれ、様々な背景を有する多数例を対象として、薬剤や医療行為の影響を長期に観察することができるため、比較的頻度の少ない副作用の検出にも有用とされています。本研究では、DPP-4阻害薬がわが国で使用できるようになった2009年12月から、研究開始時に入手可能であった2019年6月までの期間において、DPP-4阻害薬を新たに開始した61,430人とDPP-4阻害薬以外の経口糖尿病薬を開始した83,204人において、アルコール多飲や慢性膵炎など膵癌の発症リスクとなる状態を補正したうえで、膵癌発症リスクを比較検討しました。いくつかのリアルワールドエビデンス研究の限界点も考慮すべきですが、諸外国に比してDPP-4阻害薬を使用する糖尿病のある人が圧倒的に多いわが国において、DPP-4阻害薬が他の経口糖尿病薬と比較して、膵癌の発症リスクを上昇させないことを明確化した本研究成果は意義深いものと考えます。
 本研究成果は、2022年10月25日にJournal of Diabetes Investigation誌のオンライン版で発表されました。

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図1 DPP-4阻害薬とその他の経口糖尿病薬で膵癌発症までの期間に差は認めなかった

発表のポイント

  • わが国で糖尿病治療薬の処方を受ける人の6割以上に使用されるDPP-4(ディー・ピー・ピー・フォー)阻害薬は、臨床開発治験や市販後調査により十分な安全性、有効性が確認されてきました。
  • しかし、実験動物を用いた一部の研究結果から、DPP-4阻害薬による膵癌の発症リスク上昇を危惧する声がありました。多数の患者を長期間観察する必要性から膵癌の発症リスクに対するDPP-4阻害薬の安全性を明確化しうる研究が待たれていました。
  • 本研究では、国内の医療ビッグデータ(健康保険組合に所属する加入者が医療機関を受診した際に発行される全レセプト、健康診断結果)を用いて、DPP-4阻害薬が他の経口糖尿病薬と比較して、膵癌の発症リスクを上昇させないことを明らかにしました。

詳しい研究内容について

国内医療ビッグデータを用いた解析により実臨床における
  糖尿病薬DPP-4阻害薬の安全性を確認

論文情報

  • 雑誌名:Journal of Diabetes Investigation
  • 論文名:Association of dipeptidyl peptidase-4 inhibitor use and risk of pancreatic cancer in individuals with diabetes in Japan
  • 著 者:Kubota S, Haraguchi T, Kuwata, H, Seino Y, Murotani K, Tajima T, Terashima, G, Kaneko, M, Takahashi Y, Takao K, Kato T, Shide, K, Imai S, Suzuki A, Terauchi Y, Yamada Y, Seino Y, Yabe D
  • DOI番号:10.1111/JDI.13921

用語解説

  • 注1) DPP-4阻害薬:
     2型糖尿病治療薬のひとつ。食事に刺激され消化管から分泌されるインクレチンとよばれるホルモンが、DPP-4という酵素により分解されることを阻害します。インクレチンは、膵臓に作用してインスリンの分泌を促進して血糖値を低下させます。欧米白人の2型糖尿病は、肥満かつインスリン作用障害(筋肉や肝臓等においてインスリンが十分に働かない)を特徴とするのに対して、日本人を含む東アジア人の2型糖尿病は非肥満かつインスリン分泌障害(インスリンが十分に分泌されない)を主な特徴とするため、DPP-4阻害薬が奏功する場合が多いことが知られています。また、インクレチンは血糖値が高い時のみインスリンの分泌を促進するため、DPP-4阻害薬は低血糖リスクが低く、高齢者や合併症の進行した人においても使用しやすい糖尿病治療薬として、経口糖尿病薬を使用する糖尿病のある人の6割以上に使用されています。
  • 注2) 膵癌(すいがん):
     膵臓にできるがんで、日本においても年々、診断される患者が増加しています。症状に乏しく、進行してから発見されることが多いため、5年生存率は8.5%と他のがんと比べると低いです。原因は十分にわかっていませんが、血縁者に膵癌と診断された人のいる人、喫煙やアルコール多飲、肥満や糖尿病、慢性膵炎などがあると膵癌を生じやすいことが知られています。
  • 注3) リアルワールドエビデンス研究:
     「日本再興戦略」(平成25年6月14日閣議決定)において、「全ての健康保険組合に対し、レセプト等のデータの分析、それに基づく加入者の健康保持増進のための事業計画として「データヘルス計画」の作成・公表、事業実施、評価等の取組を求める」ことを掲げました。このような背景から国内でも医療ビッグデータを用いた医薬品等の日常診療における安全性や有効性等を大規模集団に対して検証することが可能になり、リアルワールドエビデンス研究としてよばれています。

2022.10.26

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