研究・採択情報

工学部 池田 将 准教授らのグループ,酸素の少ない環境で力を発揮する核酸アプタマーを開発

周囲の状態を自ら感知し、機能を発現するインテリジェント分子へ期待

【研究成果のポイント】

  • 酸化還元反応(注1)によって脱離が可能な人工分子パーツを医薬品への活用が期待される核酸アプタマー(注2)の一端に導入することにより,環境変化に応じて自ら(自律的)に構造を変化させ機能を発現するインテリジェント核酸アプタマー分子の開発に成功しました。
  • 本研究のインテリジェント核酸アプタマー分子を表現したデザイン画が,『ChemBioChem』の表紙に使われました。(vol. 17, no.14 (7月15日), 2016)。

【成果の概要】

 本学工学部の池田 将 准教授らの研究グループは,脱離が可能な人工分子パーツを医薬品への活用が期待される核酸アプタマー分子の一端に導入することに成功しました。人工分子パーツが導入された核酸アプタマー分子は,本来の立体構造をとることができず,その機能が一旦失われるが,酸化還元反応によって人工分子パーツが脱離すると,すみやかに本来の立体構造をとることができました。本研究成果は,合理的かつ精密な分子設計に基づいており,周囲の状態を自律的に感知し,機能を発揮する新規な高機能性核酸や核酸医薬の開発に繋がると期待されます。
 本研究成果は,欧州の科学雑誌『ChemBioChem』オンライン版(4月28日付け)に掲載されるとともに,インテリジェント核酸アプタマー分子を表現したデザイン画が『ChemBioChem』の表紙を飾りました(vol. 17, no.14 (7月15日掲載), 2016)。

【研究成果について】

池田 将 准教授

 体の中では,常に何百もの化学反応が進行しており,これらの反応全体を代謝と呼びます。これらの化学反応では,反応を触媒するタンパク質(酵素)が活躍します。酵素が関与する反応では,酵素の構造がとても重要になります。核酸アプタマーは酵素などの標的物質に特異的に結合する力を持つ,医薬品としての利用が期待されている生体分子です。なぜならば,核酸アプタマーが酵素に結合すると,酵素の構造が変化して,働きが邪魔(阻害)されたり促進されたりするからです。すなわち,核酸アプタマーを上手く活用すると体の中で起こって欲しい反応を促進させ,病気の基になるような反応を阻害できるからです。ところが,核酸アプタマーは,標的物質がいると体中のあらゆる部分で働いてしまいます。一般に医薬品は,病気が発症している体の部分(疾患部位)だけで効果を発揮してその他の正常な部分では,副作用を押さえるように投与されます。そのためには疾患部位に直接注射をする等,病気を発症している患者へ負担が大きいケースもあります。疾患部位だけで働いてくれる核酸アプタマーができると,全身に核酸アプタマーを投与しても病気の部分を感知して効果を発揮してくれると期待できます。
 さて,これまでの研究で,がんや脳梗塞の疾患部位は体の正常な部分に比べて酸素が少なくなることが明らかにされてきています。なぜこのようなことが起こるのでしょうか。まず,がん細胞は正常な体細胞に比べて細胞分裂が活発で血管から運ばれてくる酸素をどんどん使ってしまいます。しかもがん細胞は,正常な細胞に比べて酸素が少ない状況に慣れています。これらのような理由からがん患部では酸素の少ない状況が引き起こされます。また脳の血管がつまって起こる脳梗塞の疾患部位では,酸素の運搬を担う赤血球が十分に行き届かないため酸素が少ない状態になってしまいます。
 池田准教授らの研究グループは,酸素が少ない状況で構造が変化し機能が発現する核酸アプタマーを設計・開発できれば,がんや脳梗塞などの疾患部位のみで働くことのできる医薬品の開発につながると考えました。池田准教授らの研究グループの戦略は,以下です。酸素は,フッ素に次いで2番目に他の物質から電子を奪う力(酸化力)が強い元素です。酸素が多く存在すると酸素より酸化力の弱い物質は電子を奪うことが困難です。ところが酸素が少ない状態だと酸化力が弱い化合物でも他の物質から電子を奪うことができるようになります。今回の研究では,核酸アプタマーに対して,酸素の少ない状態で他の物質から電子を奪って核酸アプタマーから脱離する人工パーツ(図中の赤い分子構造)を導入する手法を用い,酸素が豊富にある環境では核酸アプタマーは機能を示さず,低酸素環境,つまり疾患部位において自ら(自律的に)機能を示すようになる手法を開発しました。 池田准教授らは,トロンビン(注3)と呼ばれる血液凝固に関わる酵素を標的物質とする核酸アプタマーに注目して研究を行いました。この核酸アプタマーは,普段は図の右下に示されているようなコンパクトな構造(G-quadruplex)に折り畳まれています。この構造は,核酸アプタマーがトロンビンに結合する上で重要であることが分かっています。さて,この核酸アプタマーの一端に人工パーツが結合すると核酸アプタマーは,コンパクトな構造(G-quadruplex)がとれなくなって,一本のひものようにほどけた構造(Random coil)をとります。この状態では,核酸アプタマーは,トロンビンに作用することができません。ところが,電子を他の物質に渡しやすい化合物(還元刺激)を加えてやると人工分子パーツは容易に電子を受け取って核酸アプタマーから脱離しました。この反応は,酸素が少ない状態と似通っています。さらにこのパーツが脱離することで,核酸アプタマーは,再びコンパクトな構造(G-quadruplex)に折り畳まれることが,研究グループによって明らかにされました。この研究成果は,トロンビンの血液凝固作用を低酸素環境でのみ阻害する可能性につながります。つまり,酸素が少ない状態の脳梗塞部位で血栓の生成を阻害し,副作用を低減することができます。 研究グループではさらなる検証と機能の改善に関する研究を遂行しています。

図 人工分子パーツを導入した核酸アプタマーの還元刺激に応答した構造変化の模式図

【今後の期待】

 これまで,核酸の高機能化を目指して,核酸に様々な人工的な分子(人工分子パーツ)を導入する検討がなされています。
 本研究成果は,合理的かつ精密な分子設計に基づいており,周囲の環境を自律的に感知し機能を示すインテリジェントな新規核酸や核酸医薬の開発に繋がることが期待されます。

【脚注】

  • (注1)酸化還元反応: 反応物から生成物が生ずる変化において,原子やイオンあるいは化合物間で電子の受け渡しがある化学反応のこと。電子を渡す(酸化される)物質と電子を受け取る(還元される)物質があってはじめて酸化還元反応が完結する。
  • (注2)アプタマー: 特異的に標的物質に結合する能力を持った合成DNA/RNA分子。抗体では実現できなかった高親和性と特異性をもたせることが可能,試験管内で化学的に短時間で合成可能,作用機序が単純,免疫原性もほとんどないという,抗体にはない利点がある。核酸アプタマーは抗体に代わる分子認識が可能な生体物質として,生物工学的応用,薬剤への応用が検討されている。
  • (注3)トロンビン: 血液凝固因子の一種であり,セリンプロテアーゼと総称される酵素である。フィブリノーゲンからフィブリンを生成する反応を触媒する。その他にも多くの生理活性を有し,血液凝固系における中核を担う酵素である。

原著論文情報

Masato Ikeda, Masahiro Kamimura, Yukiko Hayakawa, Aya Shibata, and Yukio Kitade, "Reduction-responsive guanine incorporated into G-quadruplex-forming DNA", ChemBioChem, (2016) doi: 10.1002/cbic.201600164
URL:http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/cbic.201600164/abstract

研究グループ

岐阜大学 工学部 化学・生命工学科
岐阜大学大学院 工学研究科 生命工学専攻
岐阜大学大学院 連合創薬医療情報研究科(兼任)
准教授  池田 将 (筆頭兼責任著者)

岐阜大学 工学部 化学・生命工学科
岐阜大学大学院 工学研究科 生命工学専攻
助教 柴田 綾

岐阜大学 工学部 化学・生命工学科
岐阜大学大学院 工学研究科 生命工学専攻
岐阜大学大学院 連合創薬医療情報研究科(兼任)
特任教授 北出 幸夫

他 大学院生2名


2016.07.15

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