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抗菌薬としての性質を持つマクロライド系抗生物質の簡単な合成方法を発見。

留学先のハーバード大学で,一大プロジェクトに携わりました。

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 私は岐阜薬科大学出身で,研究室に所属してからずっと創薬を念頭において,効率的な有機合成手法の開発研究をしてきました。同大学の大学院で博士号を取得後,岐阜大学工学部生命工学科(現:化学・生命工学科)の助教に採用された私は,4年ほど研究を続けたのち,研究室を主宰される教授から「そろそろ留学をしてみては?」という打診を受け,平成25年4月から1年間,ハーバード大学のアンドリュー・G・マイヤーズ教授の研究室に所属。天然由来物質で抗菌薬となる性質を持つマクロライド系抗生物質の全合成経路の研究に携わることになりました。

 通常,留学先となる研究室を選ぶ際は,教授などの上司の先生や知り合いに紹介してもらうか,または自分で探します。私の場合は自分で探しました。小さな分子から複雑な化合物を人工的に作り上げる「全合成」に興味があったことから,この分野の研究室を世界中から探し,受け入れを快諾してくれたのがマイヤーズ教授でした。マイヤーズ教授の研究室では以前から抗生物質の全合成を手掛けていたのですが,マクロライド系抗生物質の全合成の研究は公表されていませんでした。私が留学する2年ほど前から進行していた一大プロジェクトで,私は偶然にも,その一員として研究に携わることになったのです。

抗生物質の全合成における世界的な権威であるマイヤー
ズ教授(写真右)と喜多村助教。「マイヤーズ教授は時
間のあるときはいつも研究室を動き回っていて身近な存
在でしたね」と話す。

1年程かかる全合成の工程を
わずか2カ月に短縮する手法を開発。

 抗生物質は,細菌の増殖や機能を阻害する物質として,今や私たちの生活に欠かせない存在です。マクロライド系抗生物質の第一号は,昭和24年にフィリピンで発見され,昭和27年に薬剤として認可された「エリスロマイシン」という天然物です。このエリスロマイシンは,細菌が生きるのに必要なタンパク質の合成を抑制して細菌の増殖を抑えますが,胃酸で分解されやすいという欠点があり,その構造に改良を加えた化合物が開発されてきました。ただ,最近では,抗生物質への耐性を持つ耐性菌が問題となっており,今まで以上に効果的な治療薬の開発が急務となっています。

 現在一般的に使用されるマクロライド系抗生物質は,天然由来の物質を部分的に修飾したもの。その工程は非常に複雑で,ごく少量しか作れません。人工的に化合物を作る全合成法も開発されてはいるものの,50工程ほどの作業が必要で,熟練者でも合成に半年から1年程かかります。そこで私たちは,より単純な工程で合成できる「コンバージェント合成法」を開発。この方法を使えば,目的物を大量に合成できるだけでなく,様々な新規抗生物質の生成にも応用が可能です。実際にマイヤーズ研究室では,新規マクロライド系抗生物質「ソリスロマイシン」をはじめ,300種類以上の抗生物質を合成し,抗菌活性を検証。その成果は国際的な総合科学誌『Nature』にも掲載されました。

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「できると思えばできる」を信念に,
今後も創薬に繋がる研究を続けたい。

 コンバージェント合成法とは,ビルディングブロックと呼ばれるパーツをあらかじめ複数作成し,それを組み合わせて目的の化合物を合成する手法のこと。一つずつパーツを作って順に付け足していく従来の方法はステップが多く,目的とする抗生物質以外の合成は容易ではありませんでした。コンバージェント合成法ならブロックを合成する過程と,組み合わせる過程に分けて作業を進められるうえ,別の抗生物質を作りたい時にも,ブロックを組み替えるだけで簡単に合成が可能です。合成に要する工程は10数ステップに短縮され,2カ月程度で合成が可能になりました。

 私は全部で8つあるブロックのうち,3つの合成に関わりました。中でも糖を原料にしたブロックの合成は多くの中間体が水に溶けやすいため最も苦労しました。臭気の強いものや危険な化合物を大量に使用していたこともあり,防護服を装着して深夜に作業することもありました。

ハーバード大学の研究室には大学院生に加えて常時約5
〜10人の博士研究員が在籍。多くの力が合わさり,5年
の歳月をかけて成果が発表された。

 元来よりも簡単な合成法を開発したとはいえ,ビルディングブロックの合成は,まだまだ発展をしていけると思います。
 大リーグで活躍した松井秀喜さんが以前,
「できると思えばできる。諦めたら終わり」
と話されているのに感銘を受け,私はこの言葉を信念にしています。全合成の研究は莫大な資金が必要なため,ハーバード大学のような大規模な研究は難しいですが,それでも留学先で得た知見を活かし,より効率的な有機合成の手法を開発することで,創薬に役立つ研究を続けていきたいです。


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喜多村助教が取り組んだ
研究のキーワードを解説します。

Q. そもそもマクロライド系抗生物質とはどんなものですか?
A. 天然由来物質で抗菌薬となる性質を持ちます。

マクロライド系抗生物質は,細菌の細胞内にあるリボゾームに結合し,タンパク質の合成を阻害します。人間の体内にもリボゾームは存在しますが,細菌とは構造が異なることから人体には影響がなく,細菌だけを攻撃し,増殖を抑制してくれます。


Q. コンバージェント合成法とは?
A. マクロライド系抗生物質の中間体となるビルディングブロックを合成し,これらを結合して目的物を得る方法です。

コンバージェント合成法とは,一つの物質を構成するのに必要な中間体化合物,つまりビルディングブロックをいくつか合成し,これらを結合する手法のこと。自動車に例えるなら,底やエンジン,天 井,ドアなどのパーツをあらかじめ用意し,それを組み合わせて作成するイメージになります。


Q. マクロライド系抗生物質はどんな効果が期待できますか?
A. 細菌の増殖を抑える効果があり,数年に一度大流行するといわれるマイコプラズマ肺炎やクラミジアなどに対する抗菌薬としても,効果が期待されます。

幅広い細菌類に効果を示すと言われ,細胞壁をもたないマイコプラズマや細胞内に寄生するクラミジアなどに対しても抗菌作用をあらわし,副作用も少ないとされています。飲み薬として錠剤,顆粒,ドライシロップ,シロップなどの剤形が発売されています。

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